孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
昼休みが終わり、紬はあかりと茜と並んでオフィスへと戻ってきた。
秋の風が吹くなか、ビルのエントランスが妙にざわついている。

何かと思えば、正面ロビー横に設置された社内掲示板の前に、人が集まっていた。

「……え、何これ」

掲示板に掲げられていたのは、社内通達文だった。

『社員の不適切行為について』
一部社員によるセクシャルハラスメント行為が認定され、社内規定に基づき懲戒免職処分といたしました。再発防止に向けて、今後の指導と教育を徹底いたします。

加害者の名前は伏せられていたが、すでに噂は回っていた。
「あれ、岩崎だよね」
「やっぱり……」
「私もあの人、苦手だった……っていうか、やられてた」

女性社員たちの口々に漏れる安堵の声。それは、ようやく正義が追いついたという空気だった。

そのやりとりを聞いて、あかりがそっと紬の腕に触れた。

「……やっぱり、勇気出してよかったよね。紬が声をあげたことで、他の社員も救われた。ほんと、よく頑張ったね」

「ほんとだよ。紬は影のヒーローだね」

茜のその言葉に、紬は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
ヒーロー――そんな風に言われるなんて思っていなかった。

でも悪くない響きだ。
心の中で、その言葉をそっと反芻する。

「……影のヒーローか。うん、悪くないかもね」

紬は小さく微笑みながら、前を向いて歩き出した。
どこか軽くなった足取りで。
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