孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
ワインを一口含んだ一条は、グラスをテーブルに戻すと、ゆっくりと紬に向き直った。

「……怖くなかったって、言ってくれて嬉しいです」

その言葉に、紬は少し驚いたように目を見張った。

「え?」

「僕、どちらかというと……近寄りがたいってよく言われるので」

一条は少しだけ自嘲するように笑う。

「だから、あなたがそう言ってくれたこと、なんだか救われる気がしたんです」

紬は、小さく瞬きをして、一条の表情を見つめた。

「……一条さんが、近寄りがたい……ですか?」

「はい。たぶん、仕事柄もあると思います。冷静でいなきゃいけないし、感情を見せないようにしてきたから。でも、それが癖になってしまって、人と心を通わせるのが、だんだん難しくなっていた気がします」

その声には、ほんの少し、孤独の影が滲んでいた。

「だけど……」
一条は、まっすぐ紬を見た。
「あなたとは、不思議と、ちゃんと話せる気がするんです。無理せず、自分の言葉で」

紬はそのまま動けず、ただ一条の瞳を見つめ返した。

「こんなふうに……誰かと過ごす時間を、心地いいと思ったのは久しぶりで」

言い終えて、一条はふっと視線を落とす。

「……失礼でしたね。僕のほうが、個人的な話をしてしまって」

「いえ……」
紬は小さく首を振った。
「なんだか、嬉しかったです。私だけじゃないんだなって」

2人の間に流れる沈黙は、決して気まずいものではなかった。

それは、静かに寄り添うような時間で、互いの心の距離が、少しずつ確かに近づいていることを感じさせた。
< 75 / 211 >

この作品をシェア

pagetop