孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
夜風が頬を撫でる。
少し赤くなった顔を冷ますように、隼人はゆっくりと歩を進めていた。

グラス一杯のワイン──それだけでこんなにも体が熱を帯びるのは、酒のせいだけではないと、自分でもわかっていた。

心が、久しぶりに、いや──もしかしたら初めて、あんな風に温かさで満たされた。

「心を通わせるって、こういうことだったのか……」

ふと、そんな言葉が胸の奥で響いた。
これまで幾人もの女性と食事をし、時間を共にしてきたが、いつもどこかで自分を冷ややかに保っていた。

期待もしない。
誤解もさせない。
深入りはさせない──それが、隼人が選んできた距離の取り方だった。

過去に犯した過ちも、失望も、後悔も──

「襟を正して生きていく」と決めたあの日から、ずっと、自分はどこまで変われるのか半信半疑だった。
自分の根っこはもう変わらないのではと、どこかで諦めてもいた。

だけど──成瀬紬。

彼女には、不思議と、手を出したいと思わなかった。
触れたいというよりも、守りたいと思った。

一緒に食事をして、笑ってくれればそれで良かった。

遅くならないうちに帰ってくれれば、それだけで安心した。

それ以上を望む自分が、どこにもいなかった。

凍りついていた言葉にならない感情が、あの子の前では少しずつ溶けていく。

──あの子の前なら、自分はありのままでいられるのかもしれない。

そんな希望にも似た感覚が、胸の奥に灯ったまま、隼人は静かな街を歩き続けた。
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