策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす
* * *

翌日の二十一時。千鶴は指定されたホテル『アナスタシア』のラウンジへと向かった。

二階まで吹き抜けの天井に、奥の石壁は一面大きなアクアウォール。凹凸の壁を流れる水音が心地よいBGMと相まって特別な空間を演出している。

普段なら胸が弾むはずの素晴らしいホテルに来ているというのに、千鶴は憂鬱で仕方がなかった。これから会うのがエリックだと思うと、ため息ばかりが零れてしまう。

彼からのメールにはホテルの部屋番号が書かれていたが、直接部屋へ行くほど警戒心は薄くない。

千鶴が直接連絡すると断られる可能性があるため、フロントに頼んでエリックをラウンジに呼んでもらう。

彼は不機嫌そうな顔で出てきたものの、千鶴が本当にひとりでやって来たと知るとニヤリと口の端を上げた。

『やぁ、久しぶりだね』

なんと言うのが正解なのかわからず、千鶴は立ち上がって会釈するに留めた。とてもにこやかに挨拶を返す気にはなれない。

『早速ですが、本当にサイトやSNSにある誹謗中傷を削除することができるんですか?』
『まぁまぁ。せっかくラウンジに来たのなら、まずは飲み物でも頼もうよ』

早く話を済ませたい千鶴の思いとは違い、エリックはスタッフを呼びつけ、ふたり分のシャンパンを注文した。

運ばれてきた淡いピンク色のロゼは見た目も香りも華やかで、ロマンチックなムードを演出するのにピッタリだと言われている。女性が喜びそうなものをセレクトするあたり、彼はこうしたことに慣れているのだと察せられた。

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