旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
書籍発売記念SS

しあわせを、なでる

「お邪魔しま……あら~あらあらあらあら、また大きくなったこと!」

 マンションの玄関に迎え入れた瞬間、母は弾んだ声をあげた。
 眩しいほどの笑顔だ。膨らんだお腹を片手で支えつつ、はは、と私もつられて笑った。

 現在、妊娠八ヶ月。いよいよ妊娠後期だ。産休も近づいてきている。
 妊婦健診の経過はおおむね良好だ。ただ最近は胎動が激しく、息が切れやすくなってきた。ここに本当に赤ちゃんがいるんだな、とお腹を触るたび、愛おしさと一緒に、いまだに不思議な気持ちを覚える。

 出産に備えての支度はおおよそ整ったものの、私よりも母がひどく気を張っている。
 私の休日に合わせてときおり訪ねてきてくれるのだけれど、いつも、ハラハラしているのにワクワクも抑えきれていない、なんとも豊かな表情をしている。

 リビングに母を招き入れ、お茶の用意のためにキッチンでお湯を沸かす。「ソファに座っててよ」と伝えたのに「お邪魔しまぁす」とキッチンに入ってくるから、思わず苦笑してしまう。

「ちょっとちょっと、少しはお客さんらしくしててよ」
「あっそうよね、ごめんねぇなんだかどうしても落ち着かなくてねぇ」

 なにかと手伝いたがる母をたしなめながら、ふたりで軽口を叩いては笑い合う。
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