旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
「っ、あ」

 零れた声は、自分の声だと思いたくないくらい艶っぽく濡れていて、不意に怖くなる。
 あなたは仕事のために、私は身内を安心させるために結んだ、結婚という名の契約。この一年、曲がりなりにも均衡を保っていたそれに終止符を打ちたいと切り出したのは、他ならぬ私自身だ。それなのに。

 このまま流されていいのか――もうひとりの私が、頭の中で声を張り上げている。
 覚悟を決めて離婚を選ぼうとしたくせに、と。

「薫子。今から君を抱く、……いいか」
「あ、ぅ……」
「いいと言ってくれ。お願いだ」

 懇願めいたあなたの声が、アルコールのせいで緩んだ頭の中を、ひたすらぐるぐると回り続ける。

(駄目……)

 この一線を越えれば、私は、あなたを今よりももっと好きになってしまうだろう。
 離婚届を手渡してから、私はそれまで以上にあなたに惹かれるばかりで、挙句の果てにはこうして肌まで許しそうになっている。今夜を許せばいよいよ取り返しがつかなくなる。私は、きっとあなたに〝愛してほしい〟と願わずにはいられなくなる。

 離婚の意思を伝えて以来、あなたは人が変わったかのように私を気に懸け始めた。
 私に記入できるところはすべて埋めた離婚届を用意した、あの翌日から。
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