旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 熱に流されたくなった私の唇が、はい、と返事をしかけたそのとき、いつかのあなたの声が頭を鮮明に過ぎった。

『なにも期待しないでほしい』

 ずきりと、胸に重い痛みが走る。
 あの言葉を、あなたは一度も撤回していない。撤回してほしいと私から伝えたこともない。これまでは、別にそれで構わないと思っていたからだ。

 でも、今は。

「……はい」

 考えることを放棄した唇が、結局は返事を漏らしてしまう。
 同時に、自分からもあなたの首に腕を巻きつけた。きつく寄せていた眉を緩めたあなたは、私から目を逸らさないまま薄く微笑んで、私はその顔にまた心を奪われてしまう。

 愛によく似たあなたの優しさに、私は、この二週間ですっかり溺れていた。

 触れるだけのキスを何度か繰り返した後、それはにわかに深くなる。口内で熱を受け止めながら、あなたの首に巻きつけた腕にそっと力を込めると、堪らずといった素振りであなたの指が腰に触れた。
 深いキスに翻弄されて薄く浮かんだ涙のせいで、あなたの顔が見えなくなる。けれどそれで良かった。そうでなければ、私はもっとあなたに酔わされてしまう。

 瞼を閉じ、私は、熱い腕に私のすべてを委ねることにした。
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