旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 だからこそ、今回の失態は正しく穴埋めしなければ。
 花束入りの紙袋の持ち手を握り締める指に、不意に力がこもる。

「ただいま」

 気が急いて、途中からほとんど小走りになっていた。指紋認証のロックを解除し、やはり急ぎ気味に玄関へ足を踏み入れる。
 だが、靴を脱いで駆け込んだリビングに妻の姿はなかった。電気もついていなければエアコンも稼働していなかった。

 時刻は午前九時を回っている。
 早朝はまだ涼しかったのかもしれないが、室内の空気はすっかり蒸されている。心身に溜め込んでいた疲れが急に蘇ってきて、額を押さえながらエアコンのリモコンを手に取った。

(いない……そうか、土曜か今日は)

 疲れとともに全身を苛んだのは、あからさまな落胆だ。
 薫子は土日に仕事を休まない。なぜか今日は頭からその件が綺麗に抜け落ちていた。いるものと思い込んでいたのはなぜなのか。ただでさえ、自分たちはすれ違いばかりの夫婦生活を繰り返しているのに。

 なかなかうまくいかない。思わず、ガシガシと頭を搔いてしまう。
 鞄を置き、ネクタイを緩める。花束の袋だけはなんとなく手放せない。手持ち無沙汰でリビングをぼんやりと眺めたそのとき、不意にテーブルの上に目が留まった。

 なにかある。
 書類だろうか、半透明のフリアファイルに挟まっている。
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