旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
     *


 時刻は午後六時を回ったところだ。
 最後に入っていた患者さんの予約が午後四時台だったこともあり、土曜には珍しく、普段より早めに退勤できた。

 今の職場は、都内に六つの分院を展開する歯科クリニックの本院だ。審美治療をメインに行う、年齢を問わず女性の患者さんが多く来院する本院で、医療事務業務と並行して受付業務も担っている。
 スタッフの残業は理事長の方針でほぼない。とはいえ、業務自体はかなりハードだ。
 けれど、私には忙しすぎるくらいの現場のほうが向いているらしい。残業の許可が下りない環境の中で、常に効率を念頭に置きながら仕事に没頭している間は、職場内の人間関係がどうとか、自分の夫婦関係がどうとか、親がどうとか孫の顔を見せるとか見せないとか、普段ならふとした折に過ぎってしまうだろうそういう悩みがほとんど過ぎらずに済むからかもしれない。

 自宅マンションに到着し、玄関の前で指紋認証のロックを解除する。
 ドアを開けながら、あれ、と思った。明かりがついていたからだ。玄関も、廊下も、リビングに続く引き戸の小窓からも明かりが漏れている。
 いつもは出かけているか私室にいることの多い彼が、今日はリビングにいるということか。テーブルに置いていった離婚届のことを思い出し、ぎり、と胸の奥が軋んだ。

 忙しさにかまけてすっかり忘れていたけれど、彼はあれを目にしてくれただろうか。
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