不器用なプロポーズ

彼との契約 ~二日目 マッサージ~

「つ、づがれだぁ~……」

情けない声を上げながら、私は昨日と同じく綺麗にベッドメイクされたキングサイズベッドに倒れこんだ。

だって仕方ないじゃない。ホテルに居ても仕事はちゃんとしてるんだもの。
社長も普通に仕事寄越してくるんだもの。まあそういう契約なわけだけど。
パソコンの画面を見過ぎてドライアイがさらに悪化しそうだわ。

にしても、普通に会社でやってた時よりちょっと多いんじゃないかしら……?
と思うのは私の気のせいだろうか。気のせいじゃない気がする。

うう……肩が痛い……マッサージ行きたい……。

絶対にこれ、居慣れない所にいるせいとか、寝慣れない所で寝てるとか、一緒に居る人が落ち着かないとか、そーいうのあると思うのよね絶対。

私本当に一週間持つのかしら……って持たせるしか無いんだけど。
それしか帰る方法無いし。

ふう。と一息ついてベッドの自分の定位置に移動する。

一緒に寝ないといけないっていうのもなんというかな話だ。
添い寝だろうがそれ以上だろうが、相手してくれる女性はそれこそ数え切れないほどいるだろう。

なのに、たぶん今日もあの人はここで眠りにつく。
昨日もそうだったし。そして目覚めた日も。

社長がどうしたいのか、私のことをどう思ってこんなことをしているのか。

考えてもやはり答えはでなかった。

例え本当に好意を持たれていたとしても、私には応えるつもりは無いのだもの。
だって彼のことを好きかと聞かれても、そんな風に考えたことすらないからだ。

尊敬はしている。仕事には厳しいけれど実直で、勤勉で努力を惜しまない人だから。
そういう面をこの七年で目にしたこともあった。

だけど色恋でどうかと言うと・・・容姿は確かに素敵だと思う。けれど今まで目にした彼の表情はどれも無表情で、素直に感情を表してくれる人を好む私からすれば、到底対象外だった。

出来ることなら、私は当初の目的通り、普通に退職して普通に無職期間をだらだら過ごして、それから普通に結婚とか復職とか先の事を考えたい。

とりあえず、今は契約を全うしながら、社長の意図を知らなければ。

あー……思考まで堅苦しいこと考えてると本当に肩が凝る。
というか痛いレベルだわこれ。

仕方ないので寝ながら手で片方の肩をぎゅうっと抑えた。

案の定ガッチガチだし……。

「肩が痛むのか?」

「ひえっ!!」

背後から突然声がして、一瞬飛び上がった。って横にはなってるんだけど。
心臓に悪いわねっ。せめて近づく前に一言声掛けなさいよ!

振り向くとそこに居たのはやっぱり三嶋社長で、疲れなんて微塵も感じさせないいつもの顔をしていた。

「べ、別に大丈夫です! って、ちょっと!」

ギシ、と彼が横に上がってきて、起き上がりかけた私の身体をそのまま静止する。
一瞬嫌な意味でドキリとしたのに、おもむろにくるりと身体を倒されうつ伏せにされた。

ちょっとちょっと! 何すんのよっ!

「社長何を……っ」

「じっとしていろ」

後ろから伸びてきた手が、私の肩に触れた。と、思ったらその手がぎゅ、ぎゅ、と肩を押してきた。痛くはない程度の程よい力で押して、揉まれている……。

いや卑猥な意味でなく。マッサージされてる。
なぜ。

って。ええ?何で私社長にこんなことされてるの?むしろ普通逆じゃない?
てゆうかこれセクハラになるの?あ、でもまずい。

ちょっと気持ち良いかも……というか本当に肩ががちがちだったんだなぁと実感した。

じゃなくて、何、これ。

「……社長」

「何だ」

「どうして私は、貴方にマッサージされてるんでしょうか」

不可思議極まりない事を質問したというのに、マッサージする手を休める事無く彼は「君が疲れたと言ったから」と答えた。

……私の呟き、聞いてたんですね。
というかいつから居たんですか貴方。

眼鏡をかけたビジネスマン(ジャケットは脱いでるけど)がマッサージしてくれている様は、傍から見ればかなり滑稽に見えるだろう。

ああもう、何なのこの人。

予測不可能どころか理解不能っていうかもう何考えてるのか全然わかんないわ。宇宙人よ宇宙人。人攫ってる時点で大概奇想天外だけど。

なんだか真剣にこの人の行動を理解しようとするのが本気で馬鹿らしい。
というか、貴方私の倍以上働いてましたよね?

「社長の方が、お疲れだと思うんですけど……」

ごちゃごちゃ考えつつも、気持ちよかったのでされるがままになっていた私は、肩に置かれていた彼の手を静止して起き上がった。

そうして二人、ベッドの上で座っている形になる。

なんなのこれ。

無表情状態の三嶋社長が座っているのがなんだかとてもシュールに見える。
以前なら目にするはずの無かった光景に、つい、クスクスと笑ってしまった。

だって変なんだもの。何やってんのかしら私達。

すると、まるでピキリと音を立てたように社長の顔が固まった。

機嫌を損ねたかと、一瞬思ったが違うらしい。
少し見開いた目が、彼が驚いているのだと知らせてくれる。じっと見つめてくる視線に耐え切れなくて、私は口を開いた。

「何ですか?」

この人の驚いた顔なんて、かなり貴重。そう思ってまじまじと彼の顔を覗き込んでみたら、ふいっと顔を逸らされた。

「いや……君が、笑ったから」

「私だって人間なんですから、怒りもすれば笑いもしますよ。まあこの状況は、正直言って意味不明ですが」

私が笑った程度で、なぜそんなに驚くんだろう。

そりゃ、私達は笑顔を交し合うような社長と秘書の間柄ではなかったけれど。

「意味不明、か」

至極真面目な顔をして、社長が繰り返した。

「だってそうじゃないですか。秘書の仕事なんて……別に私じゃなくても良いわけですし。社長が私などに拘る理由が、理解できません」

「君に、傍に居て欲しいと言った」

再び視線を私に戻した社長が言う。

本来なら誰もが憧れる口説き文句に聞こえるそれが、私にはどうしても響かない。

だって、無表情なんだもの。
この人。

「だからそれが判らないんです。だって私達、七年も一緒にいたじゃないですか。その間、私は社長に好意を持たれるような事をした覚えもなければ、そう感じた事も無かったんですよ?」

「……」

いや、だから黙らないでってば。

表情が顔にでる人じゃないから、だんまりをやられると無表情で責められてるみたいに感じるから。

私が言ってるのは正論よ?好かれてるなんて感じた事は無いし、好意を示された事も無い……はず。
どちらにしろプライベートでの付き合いは皆無だし、仕事以外ではほとんど無いに等しい人間関係だったのに、突然傍に居てくれ、なんて理解できるわけがないじゃない。それも女なんてよりどりみどりな人に言われたって。

「あまり、気持ちを言葉にするのは、得意じゃない」

ここでも私はクスクスと笑ってしまった。

「仕事ではあんなに能弁なのに?」

社の重役との会議や他社とのもろもろの催しなどでも、この人が雄弁に語る姿は誰しも目にしているはずだ。
確かに感情を表に出す人ではない。それはこの七年で十分知っている。
けれど、口達者かそうでないかといえば、答えはNOだ。

若き経営者たちに疎まれやすい重鎮の古狸相手さえ、彼は論破してしまうほど饒舌なのだ。

なのに、女一人口説くのに言葉が出ないなんて、絶対嘘だと思う。

「本当に、一体何が目的なんですか?社長」

「目的?」

「そうです。それとも、使い慣れた『仕事道具』を手放すのがおしくなりましたか?でも私ぐらいなら、他にも代わりはいると思いますが」

「道具……」

私を引き止める理由があるとすればこれくらいだ。
それにしたってやり過ぎ感は否めないが。

「俺は、君にそんな風に見られていたのか」

そう言って、視線を落とした三嶋社長は、まるで気落ちしたかのようにがっくりと肩を落とし―――

……。

肩を落とし!?
って、ええええええ?!
何この人凹んでるの!?

「あ、あの社長……?」

恐る恐る彼の顔を覗き込む私に、ばっと顔を上げた三嶋社長の視線が刺さる。

あれ……何か顔が、恐い?

そう思った瞬間には、すっと伸ばされた腕が私の身体をどんっと押した。

―――え?

「きゃっ!」

ぼすん、と音を立ててベッドのスプリングが軋み、反動で一瞬体が浮いた。
それと同時に、私に覆いかぶさる彼の身体。今度は真正面に彼の顔を見ながら、私は固まっていた。

これって、この状況って……っ!

焦りが心を駆け上がり、思わず非難の言葉を浴びせようとした。

……けれど。

向けられた視線に、ぐっと言葉を飲み込んだ。

仕事では見たことのない、熱い視線。
じっと見つめるその瞳は、綺麗な黒なのに火傷しそうなほど熱が篭っていて。目が離せなくて、互いに見つめ合う形になる。

なん、で。
この人が、私にこんな顔、してるのよ―――っ。

無意識に上がる自分の体温に、くらりとする。
そして息がかかるほど近い距離で、彼の薄い唇がゆっくりと開いた。

「道具なんかじゃない。俺が欲しいのは、傍に居て欲しいのは、君だ―――」

そう言って、彼は私に二度目のキスを落とした。


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