ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い

第六話 「ベンダー変更」

 翌週の月曜。午前十時。
 購買部のメールボックスに、「アプリ保守案件に関する至急対応のお願い」という件名のメールが届いていた。

《アングル・メディアコンテンツ室より》
現在運用中の小説アプリにおいて、アップデート後の表示不具合が複数報告されています。
保守対応を担当している株式会社ライトギアの対応が遅く、品質面にも懸念があるとの指摘が室長より入りました。
至急、代替可能なベンダーの調査・検討をお願いします。

 「……室長って、やっぱり……」
 沙耶は、画面を見つめたまま小さく呟いた。

 文面には書かれていないが、「室長」とはつまり――真鍋彰人。
 やっぱり、この案件も“真鍋案件”だった。

「何、また無茶振りきたの?」
 塩見が、斜め後ろから軽口を叩く。

「アプリの不具合? どこのベンダー使ってんの?」

「ライトギア。一次窓口はうちがしてるけど、ここが保守してることはメディアコンテンツ室も知ってる」
 沙耶は淡々と答える。

「もう切れってこと?」
「たぶん……クレームのレベル次第じゃ、本気で切る気なんじゃない?」

「やっぱキレてんな、あの室長」
 塩見は肩をすくめる。

 沙耶は、無言でモニターに視線を戻した。
 笑えなかった。いや――笑ってる場合じゃなかった。

   ◇◇

 ベンダーを切り替えるというのは、ただの事務手続きではない。
 現行アプリのコード、環境、ドキュメント、それにノウハウ。
 引き継ぎが成立しなければ、新しいベンダーもまともに動けない。

――まず、開発部に確認を取らないと。

 沙耶は、開発部のプロジェクト担当に連絡を取り、すぐに資料の確認と技術情報の整理を依頼した。

「……マジで代替ベンダー、探す感じですか?」

「このタイミングでクレームが入ったってことは、もう我慢の限界って判断だと思う。
 発注者が“変えろ”って言い出したら、購買は動くしかないから」

「……室長、厳しいですよね」

「うん。でも――間違ったことは言わない人だと思う」

 ふと、週末に見た真鍋の顔が浮かんだ。
 あのときは、ほんの少しだけ、指先が重なった。
 静かで、優しい時間だった。

 そして今、メールの中で彼は冷静な「室長」としてだけ存在していた。

 同じ人なのに、まるで違う。

 けれど――
 そのどちらも、きっと彼なのだろう。

 沙耶は気を取り直し、代替ベンダー候補のリストを開いた。
 感情を脇に置いて、必要なことを一つひとつ、処理していく。

 それが、彼女の仕事だった。
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