ページのすみで揺れていたもの
インターホンの音が鳴った瞬間、
心臓が跳ねるように動いた。

玄関までの数メートルが、
こんなに遠く感じたのは久しぶりだった。

ドアの前で一度、深呼吸する。
手をかけたけれど、すぐには回せなかった。

(……本当に、来てくれた)

覚悟を決めて、ドアを開けた。

そこには、息を切らせた藤澤先生が立っていた。
目が合った瞬間――

「……っ」

何も言えなかった。

何か言おうとして、
言葉より先に、涙が出た。

気まずさも、不安も、
安心も、嬉しさも、全部が一気にこみ上げてきて、
声なんて出せるわけがなかった。

そんな私を見て、藤澤先生は何も言わず、
ただそっと胸を貸してくれた。

私はそのまま、彼の胸元に額を当てて、
しばらく、泣いた。

静かに肩を揺らす私の背中を、
大きな手がゆっくりと撫でてくれた。

落ち着くまで、何も言わなかった。
ただ、そこにいてくれた。

しばらくして、ようやく息が整ってきたころ。
藤澤は少しだけ身を離して、私の額に手を当てた。

「……身体熱いな。そろそろ横になれ」

私はこくりと頷いて、
ふらつく足でリビングのソファに戻った。

毛布にくるまりながら、さっきまでの涙が嘘みたいに落ち着いて――
その分、急に恥ずかしさが押し寄せてきた。

顔まで布団を引き上げて、隠れる。

「……もう、やだ……」

つぶやいた言葉は、たぶん聞こえたと思う。

でも藤澤は、いつも通りだった。

「布団被ると苦しいだろ」

その一言が、まるで
“気まずさなんて感じる必要ない”って言ってくれてるようで。

私は、ようやく心から――安心した。
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