『天空の美容室』 ~あなたと出会って人生が変わった~

(2)


「今日から私が担当させていただきます」

 雑誌を読みながら店長を待っていた時、声に驚いて顔を上げると、鏡の中に夢丘愛乃がいた。

「えっ⁉」

 思わず声が出た。
 目をまん丸くしたわたしの顔が鏡に映っていた。

 夢丘の話によると、新人美容師カット・コンテストで入賞して、晴れてお客様担当美容師になったのだという。
 それだけでなく、最初に担当するお客様は高彩さんに決めていたというのだ。
 びっくりするやら嬉しいやらで頬が緩みそうになったが、必死になって引き締めた。

「高彩さん、よかったね、愛乃が担当になって」

 後ろを通り過ぎた店長が軽口を叩いたので、〈そんな~〉と返そうとして鏡を見たら、顔がにやけていた。思わず下を向いた。
 でも、嬉しかった。
 やった! とケープの下で何度も拳を握った。
 すると、あることが思い浮かんだ。
 浮かんだだけではなく、絶対に実行しなくてはならないと強く思った。
 だからシャンプー台に移動した時、小さな声で彼女を誘った。

「お祝いしよう」

「えっ、お祝いですか?」

「そう。コンテストの入賞とお客様担当美容師誕生のお祝い」

 びっくりしたような、それでいて嬉しいような表情が浮かんだので、わたしは間髪容れず待ち合わせの日時を告げた。

        *

 水曜日、それは、夢丘愛乃の定休日だった。
 待ち合わせ場所は彼女と美容室外で初めて会ったところだった。
 駅前のスーパーの入口。

 講義をすっぽかしたその日は朝から時計がなかなか進まなかった。
 だから、ジャケットを羽織っては何度も玄関の姿見に映したし、少しでも男前が上がるように色々なポーズを取ったりした。
 それでも、そんなことをしてもなかなか時間が進まなかった。
 1分おきくらいに腕時計を見ては、その度にため息をついた。
 そのうち身が持たなくなった。
 そわそわして家にいても落ち着かなかった。
 ゆっくり歩いていくことにした。
 それでも30分前に着いてしまった。

        *

 待ち合わせの5分前に彼女がやって来た。
 赤とピンクの花柄が控えめに咲いている膝上丈の白いワンピースを着ていた。
 色白の彼女に良く似合っていると思いながら見つめていると、彼女がこちらに向かって手を振った。
 その時、カールした髪がふわっと揺れて、笑みがこぼれた。
 息を呑んだ。
〈なんて綺麗なんだ〉と息を呑み続けた。
 夢ではないのはわかっているが、それでも頬を抓りそうになった。

 その日はレストランでシェフのお任せコースを食べただけのデートとも言えないようなものだったが、最高に幸せだった。
 家に帰ってからも、彼女の表情や声を思い出しては幸せに浸った。

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