キスしたら、彼の本音がうるさい。

プロローグ

ねえ…

今年の秋も、風が木の葉をさらっていったよ。
夕暮れの空が淡く色づいていくたびに、
あなたがいた季節を、思い出さずにはいられないの。
 
あなたの声は、静かだった。
表情も、言葉も、どこか冷たくて、

なのに——
心の中だけは、誰よりもうるさくて、
甘くて、あたたかくて。
だから私は、触れてしまったの。
あなたの“本音”に。
 
聞こえてしまった瞬間、世界が変わった。
日差しの色も、風の匂いも、
全部、あなたの気持ちで染まっていくみたいだった。
 
ねえ…

あの日、あの時、
どうしてあなたは、何も言わずに消えたの?
 
キスをすると、あなたの心が聞こえた。
たったそれだけで、私は幸せだったのに。
それすら、叶わなくなる日が来るなんて思わなかった。
 
今はもう、聞こえない。
触れても、名前を呼んでも、
あなたの“声”は、風の中に溶けていってしまう。
 
それでも私は、願ってる。
もう一度だけでいい。
“聞こえないあなた”に、
今度は私の“声”を届けさせてほしい。
 
あの季節に、置き去りにしたままの、
未完成な恋の続きを——
ちゃんと、言葉で、伝えさせて。

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