キスしたら、彼の本音がうるさい。
◇神谷瑛翔◇
……本当は、ずっと緊張してた。
カフェで隣に座ったときも。
笑って話してたときも。
坂道を歩いてるときも。
何を言えばいいのか、わからなかった。
手を繋ぐタイミングだって、ずっと迷ってた。
でも、彼女がふと寂しそうに笑ったあのとき。
心が、勝手に動いた。
気づけば、月菜の手を握っていた。
手のひらの熱に触れた瞬間、
胸の奥がきゅっとなった。
──こんなに、好きなんだな。
それだけで、泣きそうになったくらい。
なのに、あいつが泣きそうな顔してるから。
一瞬、焦った。
俺、なにかしたか? って。
でも月菜は、ぽつりとこぼした。
「……こんなふうに手を繋いでるだけで、泣きそうになるの」
それが、もう……どうしようもなく愛しくて。
俺のこと、ちゃんと見てくれてるって。
こんな気持ちを、言葉にして伝えてくれるって。
それだけで、救われる気がした。
だから。
……キスした。
最初は月菜から。
それがあまりにも可愛くて、やさしくて、触れたくなって。
俺のほうから、もう一度。
短くて、でも少しだけ深く。
「好き」がこぼれてしまいそうな、その距離で。
きっと、伝わったと思ってた。
でも。
あのあと、何かが変わった気がした。
月菜は変わらない笑顔を見せてくれてたけど、
その横顔が、少しだけ遠く見えた。
手は繋いでる。言葉も交わしてる。
でも、どこか“ひとつの線”がほどけたような──
そんな、妙な感覚があった。
言葉にできない。
感覚だけのもの。
自分でも、勘違いかもしれないと思った。
けど──
もしあれが、“繋がっていた何か”だったとしたら。
それが、月菜とのあいだにしかなかったものだったとしたら。
……もう、戻らない気がして。
怖かった。
何も言わず、何もできず。
ただ繋いだ手に、そっと力を込めることしかできなかった。
心の中で、何度も名前を呼んだ。
でもそれが、ちゃんと届いているのかは、もう分からなかった。