キスしたら、彼の本音がうるさい。

言葉がなくても、伝わるって思ってた

冬の空気は、やけに澄んでいて。
なのに、心の中は少しずつ濁っていく。

年末が近づくキャンパスは、イルミネーションの準備で少し賑やかだった。

講義の合間に飾り付けられるライトやポスター、薄暗くなってから輝き出すLEDの光たち。
そのひとつひとつが、なんだか他人ごとのように感じられた。

「……寒い」

ひとりつぶやく声が、白く霧になって空に溶ける。
瑛翔とは、最近も何度か顔を合わせている。
以前と変わらず、優しいし、遠ざける素振りもない。

でも──やっぱり、何かが違う。

あの声が聞こえなくなってから、私の中にあった“確信”が、ひとつずつ消えていくみたいだった。

“彼は、私のことを好きでいてくれている”
“その気持ちが、本当に伝わっていた”

……そう思い込めていたのは、あの甘すぎる“心の声”があったから。

聞こえない今は、ただの“優しい人”にしか見えなくなるときがある。
優しいけど、踏み込んでこない。
そばにいるのに、肝心なことはひとつも言ってくれない。

──ねえ、なんで黙ってるの?
なんで、何も言ってくれないの?

それを問いかける勇気も、私にはもう残っていなかった。

誰にも言えず、いつものパン屋のシフトを終えて外に出たとき、名前を呼ばれた。

「月菜ちゃん!」

ふいに振り向いたその先にいたのは、直央だった。

「タイミングよかった。まだ帰ってなかったんだ」
「……うん。たまたまね。どうしたの?」
「この前、話したじゃん。イルミネーション見に行ってみたいって。ひとりで行くのもなあって思ってたけど……もし、よかったら」

言葉は柔らかくて、あたたかい。
断る理由なんて、思い浮かばなかった。

ふたり並んで歩く帰り道。
駅前の並木道が、キラキラと光を灯していた。

「やっぱり、こういうの綺麗だね。なんか冬って、嫌いじゃないんだよな」
「どうして?」
「空気が冷たいぶん、人の温度が分かりやすくなるから。……君みたいな子が隣にいると、特にね」

歩きながらそう言われて、思わず足が止まった。
直央は、笑ったまま私の方を見ている。

「ごめん、また言いすぎた?」
「……ううん。びっくりしただけ」

本当に、反則みたいに優しい。
彼の言葉は、まるで心にそっと毛布をかけるみたいに、あったかくて。

“好きになっていいよ”って、無理に思わせるんじゃなくて──
“そのままでいいよ”って、受け入れてくれる優しさだった。

だけど、ふいにスマホの画面を開いて、手が止まる。

瑛翔の名前が、そこにある。

未送信のままのメッセージが、ぽつんと。

“この前のパン、美味しかった?”

結局、送れなかった。

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