キスしたら、彼の本音がうるさい。
声のない距離に、焼きついた君
バイトを終えて駅のホームへ向かう途中、改札の近くで、まるで待ち合わせでもするような顔で立っている玲奈の姿が見えた。
コートの襟をきゅっと立てて、片手にはコンビニのホットコーヒー。
「おつかれ。はい、あったかいやつ」
「……ありがと。玲奈?」
「ちょっと話そ。今すぐ」
有無を言わせない口調に押されて、そのまま近くのベンチに腰を下ろす。
玲奈は私の顔を見るなり、ズバリと切り出した。
「ねえ、あんたらって、付き合ってなかったの?」
「……え?」
「だってさ、昨日さ、悠斗が言ってたの。
“あのふたり、意外と…ちゃんと付き合ってないんだって”って。
最初は冗談かと思ったけど、今の顔見たら、たぶん本当なんだなって思った」
その言葉に、心臓が軽く跳ねた。
「だってさ。見てたよ、いろいろ。手、繋いでたでしょ? キスもしてたよね?
この前とか、夜に駅のとこで一緒だったし……正直、もう完全に“そういう関係”だと思ってた」
「……」
言葉に詰まる私に、玲奈が続ける。
「泊まりも……した、よね?」
「……うん。でも、本当に、何もなかったの。
最初は、私が寝ちゃって……瑛翔、毛布かけてくれて、起こさずにいてくれた。
あのとき、部屋の空気がすごく静かで、でも、やさしかったの。
2回目も、3回目も、私のほうから“泊まっていい?”って言ったのに……
隣に寝るだけで、彼は一度も手を出してこなかった。
何もしないことが、逆にすごく安心で――心がほどけていく感じがして。
あの時間、すごく、幸せだったんだ」
そう言った私の言葉に、玲奈は思わず呆れたように口を開いた。
「……紳士だったら、キスなんかしないっての!」
私は、ふっと笑って目を伏せる。
「……キスも、最初は私からだったの。
会えたのが嬉しくて、気づいたら、もう止まれなかった。
でも――それからは、彼のほうからも、そっとしてくれるようになって。
優しくて、不器用で、でもちゃんと……私を想ってくれてるって、そう思えたの」
「え、それ、逆に信じられないんだけど。
そこまでされて、ほんとに付き合ってないって、いうの……?」
私は黙ったまま、手の中の紙コップをじっと見つめる。
「言ったの。ちゃんと、“好き”って。……なのに、瑛翔は何も言ってくれなかった。
ただ、黙って、……目をそらして。笑っても、くれなかった」
玲奈の眉がぐっと寄るのが分かった。
「……は? それ、ひどくない?
あんたがどんな気持ちで言ったか、分かってなかったわけ? それで手繋いでキスして、泊まって、なにそれ」
「……わかんない。でも、きっと私が……勝手に舞い上がってただけなんだと思う」
「は? なんでそうなんの。ねえ、あんた、自分のこと軽く見すぎじゃない?
……こっちはさ、てっきり神谷くんが“誠実すぎるくらい誠実なやつ”だと思ってたよ?
でも、それってただの“逃げ”じゃん。あんたに何も返さず黙るとか――」
「……責めないで」
玲奈の勢いを止めるように、私がそっと言う。
「……ほんとは、責めたいの。何も言ってくれなかった彼に。
でも、きっと彼にも、言えなかった理由があるんだって……そう思わなきゃ、もっと苦しくなるから」
その言葉に、玲奈は一瞬、何かを飲み込むようにして黙った。
そして、ふうっと長く息を吐いて、言った。
「……あんた、ほんとに好きだったんだね」
「うん。……だから、ちゃんと終わらせようって思ってる。自分の中で」
「……勝手にひとりで頑張らないで。言ってくれれば、私だってそばにいるし。
今あいつに期待するのはやめなよ。でも、期待しなくていい日が、いつかまた来るかもしれないじゃん?」
玲奈の言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
それは、冬のコーヒーよりもずっと、あたたかかった。