キスしたら、彼の本音がうるさい。
その夜は、瑛翔の部屋で過ごしていた。

いつものように、コンビニで買ったスイーツを食べて、
テレビをつけっぱなしにしながら、どちらともなくくっついて。

このぬくもりが、何よりも安心できるはずなのに、
今日だけは、胸の奥がそわそわしていた。

「ねえ、瑛翔」
「うん?」
「卒業旅行のこと、なんだけど……やっぱり沖縄とか行ってみたくて」
「沖縄、か。あったかいし、いいね」

返事はいつも通りだった。
でも、ほんの少しだけ──“温度”が薄かった。

「春になったら、ふたりとも新生活だし。
たぶん、こうして何日も一緒に過ごせる時間って、もうそんなにないと思うから」

私は、できるだけ自然に言った。
でも、どこかで“本音”がにじんでしまった気がした。

「……そうだね。そうかもな」

瑛翔は少し黙って、それから笑った。

「一緒にいる時間が減るって思うと、ちょっと寂しいね」
「うん……私、たぶん慣れないと思う。夜、隣に誰もいないの、きっと眠れないかも」
「……バカ。可愛すぎて、どうしようかと思う」

そう言って、瑛翔は私を抱き寄せてくれた。
その腕の中は、いつもと同じだった。
でも、心だけは──なぜか、すれ違っているような気がしていた。

「瑛翔って……将来、どんなふうに暮らしたい?」
「んー……静かなとこで、落ち着いて暮らせたらいいな。
あんまり都会じゃなくて、海とか近くて……仕事終わったら、すぐ帰りたくなるような家」
「……そこに、私はいる?」

一瞬、彼の指が止まった。

ほんの一拍の沈黙。
その後で、彼は私の頭にキスを落として、
やわらかく、でも答えにならないような声で言った。

「──そんな未来になったら、いいな」

私は笑った。
でも、その言葉がどうしてもひっかかって、
胸の奥が静かにきしんだ。

──“なったらいいな”じゃなくて、“そうなる”って言ってくれたらいいのに。

そう思った。
でも、口には出せなかった。

その夜、私たちはちゃんと抱き合って眠った。

だけど夢の中で、私はずっと、
手を伸ばして、どこかへ消えていく彼の背中を追いかけていた。
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