キスしたら、彼の本音がうるさい。
卒業式の準備がはじまって、袴の予約や記念撮影の予定で、周りはそわそわしはじめていた。

あと少しで、学生生活が終わる。
なのに、私の中では──時間が止まりかけていた。

瑛翔と会える日が、ますます減ってきた。

「ごめん、バイトで遅くなる」
「ちょっと先輩と会ってて」

そんなメッセージは届くけど、どこか上の空で。
返事はあっても、会話が続かない日が増えた。

「卒業式の日、どこで写真撮る?」

グループLINEにそんなやり取りが流れてきて、私はふと、スマホのカメラロールを開いた。
瑛翔との写真は、たくさんある。
笑ってる顔も、寝起きの顔も、ふざけて変なポーズしてる写真も。
でも──最近は、写真を撮ることすら、していなかった。

SNSを開いてみる。
彼のアカウントは、まだある。

でも、最後の投稿は、もう1ヶ月以上前。
あんなに写真を撮っていた彼が、カメラロールを更新していないのが、なぜか引っかかった。

その日、大学の構内で偶然、瑛翔の友人とすれ違った。

「神谷、最近見なくない? 卒論終わったんなら、もっと顔出しそうなのに」
「え……そう、かな。連絡は取ってるけど……」

自分で答えながら、不安が胸に広がる。
“連絡は取ってるけど”──それが、もう十分じゃないと気づいていた。

ある日、ふと気づいた。
彼のスマホのLINEのアイコンが、既読にならない。
以前の既読速度からは、考えられない遅さだった。

“バッテリー切れかな?”
“寝落ち?”

そう言い聞かせながら、送ったメッセージは、ぽつんと未読のまま画面に残った。


その晩、ベッドに横たわりながら、私は思った。
──彼の声、最後に聞いたのは、いつだったっけ?

思い出そうとしても、思い出せない。
声は覚えているのに、会話の内容が、どんどん遠ざかっていく。
それが、何よりも怖かった。

春はもうすぐそこまで来ている。
でも私の中には、まだ冬が降り積もったままだった。
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