キスしたら、彼の本音がうるさい。
ようやく起き上がったのは、午前10時すぎ。
昨夜の服を洗濯カゴに放り込み、熱めのシャワーを浴びる。
鏡の中の自分は、頬が少し赤く、目の下にうっすらクマができていた。
コーヒーをいれる。
キッチンの片隅で電気ケトルが静かに湯を沸かし、ポコポコと控えめな音を立てている。
テーブルの上には、昨日持ち帰った飲み会の紙ナプキンと、バッグの中にぐしゃっと入れたメモ帳。
何もかもが現実だったことを、無言で物語っていた。
小さなマグカップに注いだコーヒーを両手で包みながら、月菜は窓の外を見た。
色づいた木々の間を、冷たい風が走っていく。
銀杏の葉が一枚、ふわりと舞って、空中でくるくると踊っていた。
今日は、大学に行く日だ。
いつも通りの講義があって、いつも通りの帰り道がある。
──でも、私の中は、もう“いつも通り”じゃない。
昨日、神谷の“声”を聞いてしまった。
それだけで、私の世界は少しだけ色を変えてしまった。
「……よし」
小さく呟いて立ち上がる。
今日、彼に会うかもしれない。
会わないかもしれない。
でももし、顔を合わせてしまったら──
私はきっと、昨日と同じにはなれない。
そう思いながら、玄関のドアを開けた。
冷たい風が頬を撫でる。
まるで何かを予感させるように、季節は静かに、次のページをめくろうとしていた。