キスしたら、彼の本音がうるさい。

はじめて聞いた“好き”は、君の心の中に

◇ ◇ ◇

カーテン越しの朝日が、ゆっくりと室内に差し込んでくる。

オートロック付きの小さな一人暮らし用マンションの一室。
比較的広めのフローリングには、折りたたみのローテーブルと、白いラグ。二人がけのソファが置いてある。
壁際の小さな本棚には文庫本がぎっしり詰まっていて、その前には読みかけの詩集が伏せられていた。

目覚めた瞬間、月菜はベッドの中で身を起こし、しばらくぼんやりと天井を見つめた。
この季節特有の冷たい空気が、部屋の隅から少しずつ染み込んでくるのがわかった。
それでも、体の中は熱を持っていた。

──昨日のこと、夢じゃなかったよね……?

あの声、あの距離、あの感触。
胸の奥がじんわりと熱を持って疼く。
そして──ふと、唇に触れた指先が止まった。

昨夜、ほんの一瞬だけぶつかった“何か”が、指先に残っているような錯覚。

「……っ!」

顔が、一気に熱くなる。
思わず枕に顔をうずめて、そのままごろんとベッドに転がった。

──だめ、思い出したら余計に……!

寝ぼけた頭に、瑛翔の本音がふわりとよみがえる。

《こいつ……たぶん、俺のどストライクなんだよな……》

「あああああ……っ」

小さな叫びが漏れた。
それは夢じゃなかった。きっと、全部、現実。
彼の声も、距離も、唇も。
あの夜に起こったことすべてが、心に焼きついていた。

──でも、あのことを“キス”だったなんて、私からは言えない。

だって、彼は何も言わなかった。
それなのに、私だけが意識して、顔を赤くしてるなんて。

……恥ずかしすぎて、どうしたらいいのか分からない。
胸に腕を抱えたまま、月菜はベッドの中でくるまった。

昨夜の一秒一秒が、すべて夢ならよかったのに──

でも、もしそうだったら。
私は、あんなにも強く心を奪われていただろうか。

《……ちょっと待て、こんな近くで……無理、見てらんねえ……》
《……頬、赤……ってか、可愛すぎる……だろ……》

彼の口は動いていなかった。
けれど、その言葉は確かに月菜の中に届いていた。
頭じゃなくて、胸の奥に。

じんわりと、やさしく、でも逃れられないほどに。

「……なんで、聞こえたんだろう……」

自分の声が、毛布の中で小さく跳ね返ってくる。

誰にも聞かれないはずの、彼の本音。
それが、自分にだけ聞こえた理由はわからない。
もしかしたら、気のせいだったのかもしれない。
酔ってたから。酔いのせいで、頭がおかしくなっていただけ。

そう思い込もうとするけれど、心のどこかでははっきりわかっている。

──あれは、幻聴じゃない。

あれは、彼の気持ちだった。
私にだけ、届いてしまった、本当の“声”。

ぐっと毛布を引き寄せる。
心臓の鼓動が、昨日からずっと騒がしいまま止まらない。

どれだけ目を閉じても、神谷の声が頭の奥で繰り返される。
甘くて、苦しくて、まるで息ができないみたいな気持ちだった。


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