隣の部署の佐藤さんには秘密がある
 お昼休みが終わって会社に戻ると、佐藤さんはバタバタと書類をまとめていた。やっぱり忙しそうだ。

「うそ……」

 私は思わず口を押さえた。佐藤さんのネクタイが、今朝渡したネクタイに変わっている。サンチェス=ドマーニのネクタイだから喜んでくれるとは思っていたけど、すぐ着けてくれるなんて思ってなかった。今日のスーツにぴったりだし、佐藤さんが会社でサンチェス=ドマーニを身につけていることが嬉しい。それもこれも三上様のおかげだ。

(三上様ありがとう!)

 佐藤さんが慌ただしく出て行くのを見送った私は、席に戻って急いでマスクを装着した。この薄っぺらいマスクで私のニヤけた顔は隠せているだろうか。私はホワホワした気分で午後の業務を終えた。

『もうあがった?』
『今、会社を出たとこです。』

 突然佐藤さんから連絡がきて返信すると、佐藤さんが走ってきた。

「どうしたんですか?」
「お礼を言いたくて。ネクタイだと思わなかったから。」

「すぐ使ってくれるとは思いませんでした。」
「今日からずっとこれにする。すごく嬉しいよ。」
「ふふふ。ありがとうございます。」

 近くで見てもよく似合ってる。あぁ、三上様!本当にありがとう!

「それで、宮島さん。」

 佐藤さんは真剣な顔(をしていそうな雰囲気)で私の向かいに立った。そして──

「結婚しよう。これから役所へ行って婚姻届を出しに行こう。」

 佐藤さんは私の手を取ってずんずん歩き始めてしまう。

「待ってください!何言ってるんですか、急に!」
「ネクタイくれたじゃん。」

「それはレセプションに誘ってくださったお礼です。まだ仮の彼女ですから、せめて1ヵ月は……」
「わかった。でも、俺の中では結婚相手にしてもいい?思ってるだけなら自由だよね。」
「まぁ、そうですね……思うだけなら……」
「じゃ、そうする。結婚しようね、宮島さん?」

 そうこうしているうちに駅に着いてしまった。佐藤さんと別れても心臓がドキドキしている。贈り物をされただけでプロポーズするなんて、贈り物をもらい慣れていないのだろうか。私はマスクの奥でくすくす笑った。

「いや、そんなわけないよね。」

 私の頭は突然冷静になった。佐藤さんの本性はレセプションで見たモテ男。贈り物をもらい慣れていないなんてあり得ない。サンチェス=ドマーニのスーツにネクタイは必須。ネクタイなんて腐るほどもらったことがあるはずだ。それなのにどうして急にプロポーズしてきたのだろうか。

『ネクタイくれたじゃん。』

 ネクタイを贈ることに意味があるのだろうか。気になってスマホで検索した私は言葉を失った。知らなかった。ネクタイを贈ることに意味があったなんて──

 ネクタイを選んだのは私ではなくて三上さんだ。予算内で贈り物に最適な物を選んでくれたのだと思っていたけど、三上さんは贈る相手が佐藤さんだということを知っていた。これはきっと三上さんの策略。三上さんは神様であり、優秀な策士だった。
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