隣の部署の佐藤さんには秘密がある
「指輪にしよう。結婚指輪。今から買っておいてもいいよね。」
「早すぎますよ!せめて1ヵ月待ってください。まだ仮ですから。」

 指輪は諦めたみたいだけど、佐藤さんは売り場を見回している。何か企んでいる気がする。

「三上さん、すみません。あの……ゴニョゴニョ……」

 すると三上さんはシンプルで上品なバッグを抱えて戻ってきた。

「お待たせ致しました。」
「これはどう?」
「素敵なバッグですね~ははは。」

「こちらは収納が多くございまして、日常使いにも向いてますよ。」
「へぇ~……」

 サンチェス=ドマーニのバッグを持っていないのは、価格の問題に加えて実用的でないことも理由だった。デザインが良くオシャレではあるが、小さくて収納がないバッグは、私のようにパーティーと無縁の生活をしている人間には使いこなせないのだ。

 しかし、このバッグはサンチェス=ドマーニらしさを残したまま、収納が多く、実用的な造りになっている。こんなに私の気持ちを満たすバッグがあるとは知らなかった。

「お仕事の時も使えますよ?」
「だって。どう?」
「……だ、大丈夫です。」

 欲しいか欲しくないかと聞かれたら欲しいけれど、私には手が出せない。バッグは高いのだ。

「大丈夫みたいです。お願いします。」
「かしこまりました。お包みいたします。」
「えっ……?」

 三上さんはバッグを持って行ってしまった。

「大丈夫って言ったのに、なんで買うんですか!」
「大丈夫って言ったからお願いしたんだよ。ははは。」

 『買わなくて大丈夫』という意味だったのに、『このバッグでOK』という意味で受け取られてしまったらしい。どうしたら良いのだろうか。ペンダントに加えてバッグもなんて払えない。

「ネクタイのお礼だから気にしないで。」

 しばらくすると、三上さんがショップバッグを持ってやってきた。佐藤さんは当たり前のように受け取ってそれとなく私を促した。

(なんなの、この流れるようなエスコートは!?)

 これまで幾多の方々に様々な物を提供してきたのかもしれない。しかし、どうして佐藤さんはこんなにサンチェス=ドマーニをポンポン買えるのだろうか。バッグの価格は見なかったけれど、新作のワンピースと同じくらいするのではなかろうか。

「どうしてそんなに買えるんですか?」
「彼氏になったら教えてあげる。だから早く彼氏にして。前倒しも可能だよ。旦那に飛び級してもいいし。」
「まだです。ちゃんと確認してからにします。」

 佐藤さんの懐事情は気になるけれど、今は女の影を確認する方が先だ。私は仮の彼女として気を引き締めた。
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