隣の部署の佐藤さんには秘密がある

9.行きつけのBAR

「近くで友達がBARをやってるんだけど、行ってもいい?俺の友達、健斗って言うんだけど、レセプションの日に別人として行けってアドバイスしてくれたのが健斗なんだ。」

 あの佐藤さんが「佐藤です」と言って登場しても信じられなかっただろうから、レセプションの日に佐藤さんと会えたのは、健斗さんのおかげかもしれない。

 BARの扉を開けると、店内からガヤガヤとした声と大人の雰囲気のJAZZが聞こえてきた。混雑している店内に足を踏み入れると、絵に描いたような爽やかなバーテンさんがこちらを向いた。

「おー、連れて来たのか!」
「うん。俺の婚約者の宮島さきさんだよ。」
「婚約者じゃないんですけど……宮島さきです。よろしくお願いします。」

「彼が、健斗。」
「はじめまして。晃太と一晩過ごした健斗です。」

 驚いて佐藤さんを見ると、佐藤さんはあからさまに動揺していた。

「そういう関係なんですか?」
「違う!ちゃんと理由があるから!」
「一晩過ごしたことは事実なんですね?」

「さきさん、残念ながら事実ですよ。」
「女性だけじゃなくて、男性も確認しなきゃいけないんですね。」
「失敗した。連れてくるんじゃなかった……」

「ははは、どうぞ。」

 健斗さんに促されてカウンターの席に腰掛けた。

「何を飲まれますか?」
「佐藤さんは何を飲むんですか?」
「こいつはコレです。」
 
 佐藤さんの前にグラスが置かれた。

「ウイスキーですか?」
「烏龍茶です。同じのにしますか?」
「いいんですか?烏龍茶で……」
「嫌ですけど、仕方ないですね。ははは。」

 BARに来て最初から烏龍茶とは申し訳ないが、健斗さんは烏龍茶を私の前に置いた。一晩過ごしたという話の実態は後で聞くとして、健斗さんは佐藤さんのことを色々知っていそうだ。

「健斗さん、佐藤さんに彼女はいますか?付き合ってる人はいませんか?」
「そうですね〜………………」

「早く答えてよ!悩んだら怪しまれるでしょ!今はいない!さきだけ!」
「ははは。そうですね、今は。」

 健斗さんがいないと言うならそうなのかもしれない。

「どうすれば信じてくれるの?」
「簡単に信じられませんよ。あんなにたくさんの人に声をかけられてたんですから。」

「サンチェス=ドマーニを着てるんだから仕方ないでしょ?さきもそうだよね?すーっっっごく綺麗だった。どこにいるか全然見つからなかったんだから。」
「人が多かったですもんね。」
「違うよ。いつもと違って……いや、今日も綺麗だよ?さきはいつも綺麗で可愛い。」

 これだから女慣れしている人は嫌だ。息を吐くように綺麗だの可愛いだの言う。

「さきさん、俺はこういうことを毎日晃太から聞かされています。」
「本当のことだもん。毎日すごく可愛い。座ってるだけで可愛いし、立ってるだけで可愛い♡さき、大好き♡」

 佐藤さんは言い慣れてるかもしれないけど、私は聞き慣れてない。顔を俯けると健斗さんの笑い声が聞こえてきた。
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