隣の部署の佐藤さんには秘密がある
「大変ですね、さきさん。」
「どうしたの?具合悪い?」
「烏龍茶で酔うわけないだろ。」

 佐藤さんは私がお酒に酔っているとでも思っているのだろうか。振り回されてばっかりでなんだか悔しい。私は勢いよく顔を上げて佐藤さんの方を向いた。

「私だって佐藤さんのことが好きです。仕事大変じゃないかなとか、今日は話せるかなとか毎日考えてますし、ちゃんとカッコイイって思ってますから。」

 これでは告白だ。佐藤さんは口を押さえている。顔は見えないけど驚いていることだろう。

「さき……俺の部屋に……」
「行きません。」

「好きって言ってくれたのに!?」
「部屋に行ったら豹変しそうじゃないですか。」

「その通りですよ、さきさん。俺は一晩過ごしましたからわかります。」
「変なこと言わないでよ、健斗は!」

「健斗さんはあの佐藤さんを見たことがあるんですか?」
「昔はあれがデフォルトでした。」
「デフォ……あれで街中を歩いてたってことですか!?」

「はい。そりゃもう磁石のように女を引き付けていました。」
「あぁ……(なんかわかる)。」

「こいつが口説くと100%落ちるんです。落とせなかったのはさきさんだけですよ。だから、あの日は荒れてましてね〜それで俺と一晩……♡」
「なるほど。」
「同じ部屋に泊まったことは事実だけど、何もないからね。健斗とは何もない!」
「どうだったかな~♡」
「んあ”ぁ!やめろ!」

 そうして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。

「さきさん、終電大丈夫ですか?」
「そうですね。そろそろ帰ります。」
「代金はこいつが持ちますから大丈夫ですよ。」

 佐藤さんはうんうんと頷いている。烏龍茶1杯だし、ここは奢っていただこう。

「わかりました。ご馳走様です。」

 佐藤さんはあっという間に私の荷物を持ってスタスタと店の入り口に向かい扉を開けた。やはりエスコートのスムーズさが尋常ではない。これが場数を踏んでいるモテ男の日常なのだろう。

 BARを出ると夜風が頬にあたって少しだけ肌寒さを感じた。佐藤さんが握ってくれている手のぬくもりが余計に暖かく感じてしまう。

「さき、もう少し一緒にいない?」

 まだ一緒にいたい気持ちは同じだ。でももうすぐ終電。

「泊まっていきなよ。ね?」

 突然佐藤さんの声色が変わってぞくりとした。あの時と一緒だ。顔が見えていなくても油断ならない。

「はい、減点ー。そうやって簡単に女の人を部屋に誘うんですね。」
「違っ……あー……」

 佐藤さんはガックリと肩を落としている。部屋に行ったら大事故間違いなしだ。でも──

「部屋に行かなくてもちゃんと好きですから。」

 私は佐藤さんをぎゅっと抱きしめた。もしかしたらあれは烏龍茶ではなかったのかもしれない。周りに人が少ないからって大胆になり過ぎたかもしれない。佐藤さんは今日もCitrus D’amourの香りがした。
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