鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
椅子を立って彼女のそばにいき、腕を取って立ち上がらせた。

膝も手も無傷なのを確認し、微笑みかける。

「火傷もないようね。よかったわ。コーヒーがこぼれただけだから大丈夫。落ち着いてね」

「はい……」

よほど予想外だったのか、川崎が目を丸くしていた。

それからハッとして割れたカップに手を伸ばす。

「すぐに片づけます」

「そのままでいいわ。委託の清掃会社の人がまだいる時間だから、連絡してもらえる? あなたは通常の業務に戻って。もう一度言うけど大丈夫だから、気持ちを切り替えてね。あなたがすべきことは、頑張って仕事を覚えることよ」

「はい。ありがとうございます!」

感激しているような顔をして新人秘書が頭を下げた。

退室するまでを見届け、執務椅子に戻った絢乃は息をつく。

(この方が私も気持ちが楽だわ。でも、こういう対応でいいのは彼女のような若い社員に対してだけよ)

自分よりひと回りもふた回りも年上の男性社員には軽く見られてしまうので、これまでのように厳しい姿勢を貫くつもりだ。

(私と昴さんは違うから、真似してうまくいくものじゃないわ)

影響されてしまった自分の頬を、両手で挟むように叩く。

目尻をつり上げていつもの鉄の女社長に戻ったあとは、午後の業務に邁進した。

それから数時間が経ち、時刻は十八時五十分。

今日はスケジュール通りに仕事が終わったが、すぐに退社せずぼんやりと執務椅子に座っていた。

今夜の昴の帰宅は遅いそうで、一緒に夕食を取る約束はしていない。
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