イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「……よし、今日はここから」

夜、部屋着のままノートパソコンを開いた私は、
ブラウザで開いた学習サイトのログイン画面をにらんでいた。

ITパスポート、基本情報技術者、営業支援ツールの基礎知識──
何度も途中で挫折したけど、今日はなぜか少しだけ前向きになれそうな気がしていた。

理由は、たぶん「社長と距離を置いてること」。

あの人の隣にいるには、
今のままの自分じゃ足りないんじゃないか──
そんな考えが、心のどこかに居座っていた。

 

「でも……」

ひとつの動画を再生して、私はメモ帳を開いた。

タイピングは遅い。用語も意味不明。
それでも、音声と文字を追いながら、必死に食らいつく。

「通信プロトコル」という言葉の意味を調べ、
「CRM」の活用事例をノートに書き写す。

部屋には静かなBGM。
ソファの上には、数日前まで開きっぱなしだった恋愛小説が放り出されている。

──今は、読み進められない。

だって、登場人物が幸せになるたびに、
どこかで自分には関係ないって思ってしまうから。

 

「……でも、もしも私が、正社員になれたら」

ぽつりと漏れたその言葉に、自分で少し驚いた。

(なに言ってるんだろ、私)

でも、本気だった。

社長の隣に並ぶために、じゃない。
自分の人生に胸を張れるようになるために。

今の私は、何かにつけて他人の評価を気にして、
「選ばれること」ばかり求めてきた。

でも──

「……私だって、自分の力で、選ぶ側になりたい」

 

ネットの掲示板を眺めていると、
未経験からIT営業に転職したという書き込みがあった。

「半年間、研修に通って、夜に派遣の仕事。
めちゃくちゃきつかったけど、人生で一番自分を信じた時期だった」

その文章に、不意に涙がにじんだ。

信じるって、こういうことなんだ。

誰かに与えてもらうものじゃなくて、
自分で「今の私でも、やれるかもしれない」と小さく信じることから始まる。

 

ふとスマホを見ると、Velvetの通知が一件だけ来ていた。

《今日はログインしないの?》

画面を開く気にはならなかった。
それよりも、今はもう少し、自分の頭で考えていたかった。

 

その夜、ノートに書いたのは短い言葉だった。

『自分に期待してみたい。』

それだけ。

でも、今の私には、それが何よりも強いスタートだった。
< 19 / 61 >

この作品をシェア

pagetop