イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
昼休み。
社内カフェテリアの窓際席。

トレイを脇に押しやり、私は必死にパソコンとにらめっこしていた。

(仮想サーバー環境? APIの認証プロセス?……え、もう日本語じゃないんだけど……)

IT用語の洪水に飲まれ、メモ帳も手帳もぐちゃぐちゃ。
何度も動画を巻き戻しては止め、巻き戻しては溜息をつく。

ふと気づけば、目の奥が熱い。

「……泣きそう……」

ぽつりとこぼした瞬間だった。

「大丈夫ですか?」

やわらかな声が頭上から降ってくる。

見上げると、水野さんがコーヒー片手に立っていた。

「望月さん、珍しいですね。お昼休みにそんな真剣な顔」

「あっ……す、すみません……ここ、邪魔ですよね」

「いえいえ、むしろ隣、いいですか?」

にこっと笑う彼の表情に、どこか救われる。

 

「何に詰まってるんですか?」

「えっと……この『API認証』の説明が、どうしても頭に入らなくて……」

「なるほど……」

水野さんはパソコンを覗きこみながら、少し考える素振りを見せたあと──

「それ、例えるなら『社員証』ですよ」

「え?」

「アプリって、『誰がアクセスしてきたか』をちゃんと識別しないと、情報を守れないんです。
だからAPIキーっていう通行証を渡して、『この人は許可されてます』って証明する感じ。
──ほら、派遣証と一緒です」

「あ……なるほど……!」

「しかも一度認証されたら、次からは『顔パス』でスムーズに。まさに正社員と同じですね」

「ふふっ……やだ、それ、ちょっとリアルすぎます」

ようやく笑えた私を見て、水野さんもやさしく微笑む。

「……よかった。笑ってくれて」

その瞬間──

「楽しそうだね」

背後から、低くて落ち着いた声がした。

「……!」

振り返ると、そこには社長が立っていた。

コーヒーカップを片手に、表情は穏やか。
けれど、背後に冷気すら感じるような“圧”がにじんでいた。

「お勉強中? 水野くん、教えるのうまいんだね」

「ありがとうございます。ちょうど、API認証について説明していたところでして」

「ふうん。『顔パス』で例えるとは、なかなかに洒落てるね」

社長は笑っている。
でも、笑っているのに──目がぜんぜん笑っていない。

 

「IT用語は難しいですから。望月さん、頑張ってますよ」

「そう。……望月さんは、努力家だから」

その言い方が、どこか「水野だけには言わせない」という圧を含んでいる気がして、私は思わず目を泳がせた。

(……こ、これは……)

「まあ、水野くんのフォローがあるなら安心かな。
ただ……あんまり見惚れられて仕事が進まなくなったら困るけど」

「社長こそ、そんなことおっしゃったら。
お昼にコーヒー片手で現れた姿、望月さんから見たら反則級ですからね」

「……そう?」

にこ、と社長が微笑む。
水野さんも負けじと口角を上げる。

 

(……この二人、ぜったい火花散ってる)

私を挟んで、笑顔と笑顔の間で冷戦状態。

コーヒーの香りが漂っているのに、空気はどこかピリッとしていた。

 

「じゃあ望月さん、引き続き頑張って。
わからないことがあったら──『俺にも』聞いていいからね」

そう言って、社長はゆっくりと背を向けた。

その背中に、言いようのないオーラが揺れている。

「……さすがですね。あれが社長か」

水野さんがぽつりとつぶやいた。

「……はい」

私は曖昧に笑いながらも、心臓のドキドキが止まらなかった。

どちらの背中にも、違う意味で惹かれてしまいそうで──
自分の気持ちの居場所が、少しだけ揺らいだ。
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