イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「少し、距離を置こうと思うんです」

自分の口から出た言葉に、私がいちばん驚いていた。

隣のデスクで水野さんが、驚いたようにこちらを見る。

「……社長と、ですか?」

「……はい」

それ以上、説明はしなかった。
できなかった。

ただ、胸の中がまだざわざわしていて。
昨日のキスの感触が、まだ消えてくれなくて──

 

好きな人に、触れられて、怖いと思った。

そんなの、どう考えてもおかしいはずなのに。

でも、ほんとうにそうだった。
あの瞬間、私は「愛されてる」んじゃなくて、「責められてる」ような気がしてしまった。

 

あれ以来、社長には会っていない。

連絡も来ていない。

だけど、それがむしろ救いだった。

会ってしまったら、
また心がかき乱されて、
ちゃんと自分の気持ちがわからなくなってしまうから。


(……何が、正しかったんだろう)

手帳の隅に書いた「IT営業試験の申込期限」のメモがにじむ。

前を向こうとしていたはずなのに。
誰かに「選ばれたかった」だけなのに。

気づいたら、
私は選ばれることに傷ついていた。

 

お昼休み。カフェテリアにいると、水野さんが飲み物を持って席に来た。

「……少し、元気ないですね」

「すみません……顔に出てました?」

「うん。わかりやすいから、望月さんは」

「……やっぱりダメですね、私」

「でも、そんな望月さんが『前に進もうとしてた』の、俺は見てましたよ」

やさしい言葉が、じんと沁みる。

だけど、それでも私は──

「……私は、誰かに甘えすぎてたのかもしれません」

「……うん」

水野さんは、何も責めずに、
ただうなずいてくれた。

それが、ありがたくて。
でも同時に、胸が締めつけられた。

 

(……社長は、いま、どんな気持ちなんだろう)

思い浮かべたくないのに、
あの人の顔が、何度も頭に浮かぶ。

昨日の強引なキス。
言葉にならなかった怒り。

そして、その奥にあった
「失いそうで怖い」みたいな目。

 
きっと、社長も傷ついていた。

私を信じたくて、
でも水野さんとの距離に嫉妬して、
気持ちをぶつける方法を、間違えてしまったんだ。

でも──

「……私、もう好きな人に怯えたくないんです」

それだけは、嘘じゃなかった。

 

その夜、私はVelvetを開かなかった。

AIの言葉も、あのやさしい疑似恋愛も、
今日は欲しくなかった。

誰かにやさしくされる前に、
私はもう一度、自分を立て直さなくちゃいけない。

 
好きな人のキスで、
涙が出そうになるなんて──

そんな恋、いらない。

ちゃんと向き合い合える関係じゃなきゃ、
私はまた、自分を嫌いになってしまう。
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