イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「──望月さん。少し、話してもいいですか?」

水野さんの声は、
やっぱりいつもと同じ、やさしい響きをしていた。

ちょうど昼休みの終わり、
誰もいない社内カフェの一角。

「お疲れさまです。今日も忙しそうですね」

「いえ。久しぶりに、落ち着いた気がします。
ここに戻れて、なんだか……呼吸が深くなりました」

そんなふうに言うと、
水野さんはふっと目を細めた。

「……ほんとうに、戻ってきてくれて、うれしいです」

「え?」

「実は、派遣終了のときも。試験に落ちたあとも……全部、知ってました」

私は驚いて、水野さんの顔を見た。

「直接言葉をかけたら、きっと傷つけてしまうと思って。
でも、ずっと応援してました。……誰よりも」

 

まっすぐな視線だった。

その視線から目をそらせなくて、
私は胸の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じていた。


「……好きなんです。望月さんのことが」

その言葉は、
とても静かで、でも確かに熱を持っていた。

「ずっと前から。最初に仕事で話したときから、ずっと。
でも、僕よりも先に、あなたの心を動かす人がいることも、わかってました」

「……水野さん……」

「それでも。もう、黙っていられないと思って」

私は言葉を失った。

水野さんは、私が落ち込んでいたときも、
気づかないところで何度も支えてくれていた。

優しくて、まっすぐで、
でもそれだけじゃなく、ちゃんと覚悟を持って伝えてくれたことがわかった。


「ありがとう、ございます。
そんなふうに、言ってもらえるなんて……」

私は、どうしても笑いたくて、
少しだけ口角を上げた。

「でも……ごめんなさい。その気持ちには、応えられません。それでも、水野さんに、いつも救われています」

「……そう言ってくれて、ありがとうございます」

水野さんは立ち上がり、そっと私の手を取った。

その瞬間──

 

「……」

カフェの入口。
社長が、ただ黙って立っていた。

会話の内容は聞こえていなかったかもしれない。

でも、水野さんに手を取られている私の姿は、
あの人の視界に、確かに映っていた。

「──あ、社長……」

思わず名を呼ぶと、彼はふっと目をそらし、
何も言わず、そのまま背を向けて歩き出していった。

足早に、まるでなにかから逃げるように。

「……あ……」

その背中を見て、胸の奥にズキンと痛みが走る。

何も悪いことはしていない。

でも、どうしてこんなにも苦しいんだろう。

なにも言われていないのに、
「誤解された」と、強くわかってしまった。
 

(水野さんのこと、ちゃんと話したほうがよかったのかな……)

あの人は、ずっと沈黙を守ってきた。

でも、私は。

やっと向き合おうとしていたのに──
また遠ざけてしまったのかもしれない。
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