イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「……社長、おつかれさまです」

思いきって声をかけたのは、
資料を提出するために会議室の前で待っていたときだった。

資料を両手に抱えた私に、社長は一瞬だけ足を止めた。

「……ありがとう。ごくろうさま」

それだけ。

目も、声も、冷たくはなかった。
でも、そこに温度はなかった。

会話が終わったあと、
ドアが閉まる音だけが残った。

(……やっぱり、避けられてる)

そう思わずにはいられなかった。

たった二言。
でも、それだけでわかってしまう。

あの日、社内カフェで水野さんと並んでいたあの時間が──
社長の中で、なにかを決定づけてしまったんだと。


(ちがうんです。ほんとうは……)

ちゃんと説明すればよかった。

あのとき、自分から話しかけていれば。

水野さんの気持ちも、
私の心の中も、
まだ何も決まってないって──

あなたが、今も特別で、
あなたを支えたいって思っているのは、変わらないって──


でも、もう言えない。

今の社長は、まるで「無風」のような人だった。

怒りも、戸惑いも見せない。
ただ、業務の中で正確に言葉を交わし、
その背中だけが遠ざかっていく。

あの人の声が、Velvetを通して私を包んでくれていた頃のことなんて、
もうずっと昔の夢みたいだった。

 
(どうして、こんなに苦しくなるんだろう)

正社員として戻れたこと。
そのために努力して、手に入れた居場所。

それなのに、
肝心な心の居場所だけが、遠くなる。
 

それでも私は、
どうしても社長に誤解されたままでいたくなかった。

嫌われたくない。
失望されたくない。
遠ざけられたくない。

それだけが、胸の奥でずっと鳴っていた。


──でも。
社長は、いまの私に対して、何も言ってこない。

無関心なのか。
それとも、なにかを感じているからこそ、距離を取っているのか。

それすらわからない。
 

私は、デスクに戻りながら、心の中で言った。

(お願いだから──もう一度だけ、話をさせて)

このままじゃ、きっと何も変えられない。

だから、もう一歩踏み出さなきゃ。

遠くなった背中に、
もう一度、ちゃんと想いが届くように。
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