イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
(ここだけは、手を抜かない)

資料のまとめ直しを頼まれたとき、
心の中で、そう決めた。

ただ指示されたからじゃない。
「正社員として戻ってきた意味」を、自分自身に証明したかった。

画面の向こうで、次々に開く数値データと格闘しながら、
私は資料の精度を何度も確認した。

喉が渇いていることにも気づかず、
気づけば、外はすっかり夕暮れだった。

「望月さん、まだやってたの?」

通りがかりの野崎さんにそう声をかけられて、
ようやく時計に目をやった。

「すみません……あと少しでまとまりそうで」

「本気だねぇ。ま、無理しすぎないようにね」

そう言って笑いながら、先輩は帰っていった。


私はひとり残って、再びモニターに向き直った。

──そう、その姿を、社長は偶然見ていた。





【葉山律 side】


別フロアの会議を終えた帰り道。
社内を横切る通路から、ふと開けたガラス越しのワークスペースに目を向けたとき。

そこに彼女の姿があった。

薄明かりの下で、ひとりきり。
小さく眉を寄せ、黙々と何かに向かっている。

誰に頼まれたわけでもない。
誰に褒められることも期待せず。
ただ、まっすぐ。

その横顔に、思わず足が止まった。


(……あの頃の君じゃない)

最初に出会った頃の彼女は、
いつもどこか自信がなさそうで、
必要以上に恐縮していた。

だけど今は、違う。

指先に宿る意思も、
視線の先にあるものも、
確かに何かをつかもうとしている。

それが、何より美しかった。


「……支えるって、そういうことか」

小さく、呟いた言葉は誰にも届かない。

でも、心のどこかで確かに響いていた。

誰かに必要とされることだけが、強さじゃない。
誰かの隣に立つために、自分で選んで努力し続ける。

──彼女は、それを実行していた。

 

(なのに、俺は……)

少しのすれ違いで、勝手に距離を取って。
言葉も投げず、ただ背を向けて。

彼女がずっと、自分を見ていてくれたことにも、
気づこうとしなかった。

あの目を、あの声を、
ちゃんと受け止めてこなかった。

 

(君の気持ちに、俺は何ひとつ応えていない)

なのに、嫉妬していた。
笑顔を、手を、会話を──自分のものじゃないと気づいた瞬間、
あんなにも心が揺れたのに。

それなのに、何も伝えなかった。

 

胸の奥に、かすかに痛みが灯る。

まるで、後悔という名の警鐘だった。
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