イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
高層階にあるそのホテルのスイートルームに、一歩足を踏み入れた瞬間──
わたしの呼吸は、ほんの少しだけ浅くなった。

大きな窓から広がる夜景。
東京の街がきらめいていた。
深い紺の夜空の下で、灯りの一粒一粒が、まるで星みたいに瞬いている。

「……わあ……」

思わず声が漏れた。
でも、その声すらかき消されるように──
後ろから、そっと背中に手がまわる。

「……本当に、会えてよかった」

耳元でささやくように言われて、心臓が跳ねる。

社長──律は、いつもより少しだけ力を込めて、わたしを抱きしめた。

スーツの生地越しに伝わる体温。
ゆっくりと、背中をなぞる大きな手。
鼓動が、わたしの胸の奥まで届いてくる。

「こっちに来て」

手を引かれて、ふたりでベッドの縁に腰を下ろした。

ホテルの部屋は、どこもかしこも静かで、
世界にふたりしかいないような錯覚さえ覚えた。

「……律さん」

名前を呼ぶと、彼は目を細めて、そっとわたしの頬に触れた。

「会いたかった」

たったそれだけの言葉に、涙が浮かぶ。

「わたしも……ずっと……」

声にならない言葉の続きを、彼のくちづけが奪っていった。

唇が重なるたび、過ごせなかった時間が満たされていく。
触れるだけだった指先が、次第に胸元をなぞるように変わっていく。

シャツのボタンが一つずつ外されるたび、
恥ずかしさと期待が入り混じって、
身体の奥が、じんわりと熱くなっていく。

「──やっぱり、きれいだな」

胸元にそっと触れながら、律がぽつりと呟いた。

「えっ……?」

「初めて君を見たとき、そう思ったんだ。
入館証より先に、目が釘付けになった。……失礼だったかもしれないけど」

わたしは顔を真っ赤にして、言葉をなくした。

「でもね、あのときからずっと──
君のことが頭から離れなかった」

彼の手が、やさしくわたしを抱き寄せる。

「ふわっとしてて、あったかくて。君の胸も、心も。……すごく、好きだ」

「……もう、やめてください……っ、恥ずかしい……!」

「やめない。ずっと言いたかったから」

そう言って、彼はまた、わたしを抱きしめる。

どこもかしこもくすぐったくて、
だけど、心の奥ではずっと──
こんなふうに触れてほしいと思っていた。

どれくらい時間がたったのか、わからなかった。

シーツの上、ぬくもりを分け合いながら、
わたしたちはただ、何度も名前を呼び合って、
「好き」をたくさん確かめ合った。

唇だけじゃなく、言葉でも、
呼吸の合間でも、
何度も──「愛してる」って伝えてくれた。

「……あのとき、『理想の体型だ』って言ったじゃないですか」

汗ばんだ肌をシーツに預けながら、私は小さくつぶやいた。

「うん」

「正直、ちょっとひどいなって思いました」

「だろうな」

律は、照れたように笑う。

「でも、それが始まりだった。……だろ?」

そう言われて、わたしもつられて笑ってしまった。

ベッドの上、シーツのしわのなかに、
彼がそっと指を滑らせて、わたしの手を探す。
自然に、指が絡む。ぴたりと重なる体温。

「もう、離さない」

その一言が、ずっと欲しかった言葉だった。
華やかな言葉じゃないのに、
心の奥に深く染みこんでくる。

「……わたしも、離れません。もう、どこにも行かないでください」

「行かない。君がいる場所が、俺の帰る場所だ」

律の言葉は、あいかわらず真っ直ぐすぎて、
どこかくすぐったくて、それでいて心地いい。

どれほど抱きしめられても、まだ足りない。
唇が触れるたび、心がほどけていく。

「……好きです」

「俺も。ずっと、君だけ」

お互いの名前を囁きながら、ただ何度も、愛を重ねていく夜。

それは、誰にも邪魔されない、
ふたりだけの時間だった。

夜が深まるほどに、気持ちは溶けて、
愛しさだけが、残った。

そして、すべてが落ち着いたあと──

「……ここまで来るのに、いろんなことがありましたね」

「本当だな」

「でも、今がいちばん、幸せです」

「俺も。陽菜が笑ってると、それだけで報われる」

そう言ってくれた彼の笑顔が、
何よりもやさしくて、あたたかかった。

わたしは、そっと目を閉じる。

彼の胸のなかで眠るぬくもりは、
どんな夢より、心を満たしてくれる。

(──この人のそばで、生きていきたい)

静かに、深く、そう願った夜だった。

 

朝になっても、わたしはまだ夢の中にいるような気がしていた。

目を開けると、すぐ隣に律がいた。
片腕でわたしを引き寄せるように抱きしめたまま、
彼はまだ静かに眠っている。

眠っている彼の顔は、いつもよりほんの少しだけ無防備で、
それがなんだか、すごく愛しかった。

こんなふうに、ひとりの人の寝顔をじっと見つめるなんて、
初めてかもしれない。

「……変な顔してたら、ごめん」

思わずつぶやいたら、閉じたままのまぶたがピクリと動いた。

「……起きてたんですか?」

「……んー、起きた」

「もう……!」

布団をかぶって隠れようとすると、
律は笑いながら私の手をとった。

「隠れるな。かわいいから、ずっと見ていたい」

「や、やめてくださいっ……」

「ほんとに。……君の、全部が愛おしいんだよ」

そのまま、ふわりとおでこにキスを落とされる。

胸の奥がじんわりと温かくなって、
わたしは、ようやく落ち着いた声で言えた。

「……ほんとに、夢じゃないんですね」

「夢じゃない。……でも、もし夢なら、
目覚めなくてもいいって思ってる」

 

そんな彼の言葉に、
わたしはもう一度、彼の胸に顔を埋めた。

「好き」なんて、とうに超えている。

ただ、こんな日々が、これからも続いていくなら──

それだけで、わたしはもう、何もいらない。

この人がいれば、画面の中の「理想の彼氏」なんて、もう必要ない。

目の前にいる彼こそが、
わたしのすべてを愛してくれる、たったひとりの人だから。

 

チェックアウトまでの時間、
わたしたちはホテルのラウンジでゆっくりと朝食をとった。

窓際の席に案内されて、
穏やかな日差しのなかで、コーヒーの香りが心地よく広がっていた。

「……昨夜、眠れました?」

「どうだろうね。君のぬくもりが気持ちよすぎて、
眠れたのか、夢のままだったのか、よくわからない」

「また、そうやって恥ずかしいことばっかり……」

頬を染めながら、パンをちぎっていると、
律が小さく笑って言った。

「……陽菜って、朝もかわいいな」

「それ、何回目の『かわいい』ですか」

「少なくとも、毎時間更新してる」

「そんな簡単に記録更新しないでくださいっ……!」

ふたりで笑い合う朝。

こんな風に、何気ない会話が、
ただただ幸せで、何より大切な時間だと感じた。

カップを傾けながら、ふと、わたしは言う。

「これから先も……こうして一緒に、
朝を迎えられたらいいなって、思います」

その言葉に、律は一瞬だけ黙って、
それから静かに、手を重ねてきた。

「迎えよう。何度でも。これから、毎日──君と一緒に」

その手のぬくもりに、わたしはただ、
何も言えずにうなずいた。

どこまでもあたたかくて、
どこまでも、信じられる人だった。

 

チェックアウトを終え、タクシーに乗って帰る途中。
窓の外には、いつもの東京の街が流れていた。

けれど、昨日までの景色とは、ほんの少しだけ違って見えた。

横に座る律は、変わらず穏やかな顔で、
スマートフォンの通知をちらりと確認しては、またわたしに視線を戻してくる。

「仕事、大丈夫ですか?」

「大丈夫。今だけは、君を最優先にすると決めたから」

そう言って笑うその表情に、
胸が、きゅうっとあたたかくなる。

ふと、わたしは窓の外に目をやる。

「……この街に、最初に来たとき。
夢ばかり見て、現実に押しつぶされそうで、
毎日自信がなかったです」

「そうか」

「でも、今は思えるんです。
『誰かに必要とされる自分』になりたいって。
あなたと並んで歩けるように、これからも努力したいって」

律はわたしの言葉を静かに聞いていた。

やがて、やさしく頷いて言った。

「君はもう、俺にとってかけがえのない存在だよ。
これからも、ずっと隣にいてくれ」

「……はい」

わたしは小さく返事をして、
そっと、彼の手に手を重ねた。

きっとこの先も、いろんなことがある。

不安もある。迷うこともある。
でも──

今、このぬくもりを信じたいと思った。

この人となら、どんな明日も、
笑って迎えられる気がする。

(律さん。わたし、あなたと出会えて本当によかった──)

そう思いながら、
わたしは彼の肩にもたれて、
しずかに目を閉じた。
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