酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜

忘れたふりと、忘れられない気持ち

新宿東口交番へ。
奈緒は、新宿署の広報担当者とともに、打ち合わせのため足を運んだ。

時間は限られていた。

瀬戸・杉崎ペアの業務の合間――わずか15分程度の隙間時間。

2月1日から取材が始まる。
今日は1月26日。

取材全体の期間は6か月間。
そのうち瀬戸・杉崎ペアへの密着は、最初の2か月間。

その後は別のペアに引き継がれる予定となっていた。

交番の奥の打ち合わせスペースに通されると、瀬戸と杉崎が制服姿で現れる。

杉崎は柔らかく笑いながら、「こんにちは」と頭を下げた。

瀬戸は一歩下がって、静かに会釈する。

「水原奈緒です。前任の都丸は事情により担当を外れ、私が引き継ぐことになりました」

奈緒は丁寧に挨拶しながら、鞄から名刺入れを取り出す。
「直前での変更になり、申し訳ございません」

そう言いながら、名刺を差し出す。

杉崎がそれを受け取り、にこやかに名刺を交換してくれた。
そして奈緒が瀬戸の方に向き直ると、彼はそっと手を挙げて言った。

「私は……前にいただいてますので」

淡々とした声だった。けれど、その言葉の奥に一瞬の躊躇いがあった。

(捨てちゃったから、もう一枚欲しい)

奈緒は、心の中でそう呟いた。
けれどその気持ちを、ぐっと飲み込む。
笑顔を崩さず、わかりましたと頷いた。

彼にとっては、ただの名刺かもしれない。
でも、自分にとっては――。
その名刺の意味は、きっと、ずっと重たかった。
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