酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
「水原さん、お願いします」
狩野の声に、奈緒の心臓がどくんと跳ねた。

立ち上がる脚が少し震えていた。

プレゼン用に借りたパンプスのヒールが床に軽く響く音すら、妙に耳に残る。

手に持ったスライドのリモコンが汗ばみ、少し滑った。

けれど、自分の名前が呼ばれた瞬間から、奈緒の中で何かが切り替わった気がした。
“ここで負けたら、私は後悔する”

壇上に立ち、深く一礼してから、奈緒は口を開いた。

「社会部の水原奈緒です。私はこの密着取材を、ただの“事件の記録”としてではなく、“街を守る人の記録”として描きたいと考えています」

初めの声が、ほんの少しだけ震えた。
けれど、スライドが進むにつれ、奈緒の語り口はしだいに落ち着いてきた。

「街には多様な人がいて、同じだけの背景があります。警察の方々は、それを黙って受け止める存在であると、私はこれまでの取材で実感しました」

画面には、かつて奈緒が新宿署で取材したときの写真とともに、交番勤務の警察官たちの姿が映る。

「この密着を通して、人間としての警察官の姿を伝えたい。それが防犯意識の醸成にもつながると信じています」

ふと、スライドの写真に写った瀬戸の横顔が目に入った。
心の奥がじくりと熱くなった。

──伝えたい。彼のような人がいることを。

あの夜、真摯に市民に向き合っていた姿を。
奈緒は言葉を止めずに続けた。

「私自身、取材の中で忘れられない経験があります。防犯の最前線にいる警察官の方々が、どれほど街と人に向き合っているか──。この密着取材は、その現実を記者の視点から丁寧に掘り下げる、貴重な機会になると思っています」

最後のスライドが表示されると同時に、奈緒は一礼した。

「以上です。ありがとうございました」

再び椅子に戻る途中、膝の震えはまだ止まっていなかった。

けれど心の中は、静かな達成感と、少しの希望に満たされていた。
──やれることはやった。あとは、結果を待つだけ。
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