荒廃した世界で、君と非道を歩む
 承認欲求に似た飢えを感じると、志筑の腕に抱き付く力がふっと抜けた。志筑が蘭を見下ろし、不思議そうに首を傾げる。
 俯いて志筑の方を頑なに見ようとしない蘭は、ただ足を前に出すことだけに集中した。次から次へとあらぬこと考えてしまって、少しでも気を抜けば足を止めてしまいそうだったのだ。

「どうした?」
「……なんでもない」

 志筑の荒んでいるが優しい気遣いが垣間見える声を聞くのが今は辛い。自分の我が儘に彼を付き合わせている現実が今になって重く伸し掛かってきた。
 志筑は逃避行なんて馬鹿馬鹿しいと思わなかったのだろうか。何故、志筑はこんなにも優しくするのだろうか。
 殺人鬼のくせに、社会不適合者のくせに、人間の敵のくせに。

「……離れたくないなぁ」
「何か言ったか?」
「ううん、何も言ってない」

 単なる自分の願望でしか無いと理解している。それでも願ってしまうのだ。
 叶うならば、離れたくないと。この感情が何なのかは分からないし分かりたくもないけれど、ただ一つ分かることがある。
 離れたくないと願うのは嘘ではないのだ。

「それで、何処でご飯食べるのー?」
「特に食いたい物思いつかないなら適当に歩いて目に付いた店に入る」
「わー、地下鉄といいテキトー」
「なら何かリクエストするんだな」

 そう言われてもこの街にどういった飲食店があるのかなど蘭が知っているはずもない。それにこの世界にある食べ物に対して知識が皆無に近いのだ。リクエストしろと言われても不可能だった。
 明るく取り繕っては見たが、視線は足元へと吸い込まれていく。志筑に見られているのか確認する気にもなれず、俯いて志筑の腕に強くしがみついてあるき続けた。
 志筑は言葉通り宛もなく街の中を練り歩き、適当な飲食店を見つけて立ち止まった。

「ここでいいか」

 上から志筑の声がして顔を上げる。志筑は元々蘭のことを見ていたのか、蘭が見上げると目が合った。彼はとある店を指さしながらそこへ視線を向ける。
 蘭も習って同じようにその店を見る。

「何この店」

 思わず見たままに感想が口から零れ落ちてしまった。
 目の前にあるのは、古ぼけていてボロボロのいかにも不人気そうな中華料理店だった。老舗なのか店の雰囲気は暗く、看板の文字は掠れてよく読めない。店名なんてどうでもいいからそこは放っておく。
 扉には何枚もの張り紙が張り付いており、元々は透明のガラス戸だったようだが中は全くもって見えなかった。
 正直に言う。この店に入りたくない。
 こういう店ほど美味しいなんてよく言うが、到底そうとは思えなかった。信用性ゼロ。何があっても責任なんて取ってくれなさそうだ。
 けれど志筑は迷いなく店へと入ろうとする。それを無意識に腕を引いて拒絶していた。

「なんだ?」

 この店が嫌だから他のところへ行こう、そう言ったって志筑は怒らない。すぐに別の店を探してくれるはず、そう思っているのに身体も脳も拒絶反応を起こしていた。

 この店は、なんだか懐かしい感じがする。

「この店は嫌」

 気がつけばそう口にしていた。
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