荒廃した世界で、君と非道を歩む
騒がしい繁華街の真ん中に立っている二人の間には沈黙が流れる。古びた中華料理屋の前で立ち尽くす二人に道行く人々は見向きもしない。
世界から隔絶したような感覚だ。
「嫌、嫌だ」
ぎゅうっと離れないように力強く強く志筑の腕を掴む。分厚いコートで隠されていたが、志筑の腕はほとんど骨と変わらないくらい細い。彼の生活環境を物語っているようで心臓が締め付けられる、そんな気がした。
蘭の変わりように動揺する志筑は屈んで顔を覗き込む。中華料理屋を真っ直ぐと見つめて怯える蘭の肩に手を置くが、彼女の震えは止まらない。
「おい、蘭。しっかりしろ」
「嫌、なの。嫌だ、嫌だ……っ」
嗚呼、思い出してしまった。今までずっと思い出さないようにしてきたというのに。
あの苦い日々の事を。
地下鉄のホームから地上に出た時、何故だか懐かしい気がしたのだ。初めて来たはずなのに知っているような感覚。志筑と来たのが初めてではないと確信したのは、この中華料理店を見てからだ。
幼い頃にこの街には一度だけ来たことがあった。父と母と三人で地下鉄に乗って、今と同じように電車の中を落ち着きなく見渡して、志筑と同じように窘められた。
何故、忘れていたのだろう。あの頃はまだ両親が自分のことを見てくれていて、毎日を楽しいと感じられていたのに。
昔のことすぎて、もう忘れてしまったのかもしれない。
『お父さん、お母さんお腹空いたぁ』
幼き頃の蘭が不服そうに声を上げれば、父と母は幸せそうに表情を緩めた。
右手を母と、左手を父と繋いで三人横並びで繁華街を練り歩く。それがとにかく楽しくて、嬉しくて、幸せで。
『それじゃあ、あそこのお店に入ろうか』
父が蘭の左手を握る右手とは反対の左手でとある店を指さす。反対に立つ母が頷いて賛同し、蘭の手を引いて店の中に入った。
その時に三人で食事をしたのが、今、目の前にあるこの廃れた中華料理店だった。今では古びて見窄らしくなってしまったが、当時両親と訪れた時は繁盛していた気がする。お客さんで店内は埋め尽くされ、席に着くのに少しばかり待たされたはずだ。
十年以上前は父と母の仲も良く、夫婦円満、良好な家族関係で幸せだった。
一体いつから、この幸せな関係が崩れてしまったのだろう。
志筑はカタカタと震えている蘭の頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃに髪を乱した前とは違い、割れ物を扱うように優しく撫でた。
蘭のこの恐怖を、苦痛を和らげる方法を志筑は知らない。不器用で無愛想な彼にはそんなことできるはずもなかった。
世界から隔絶したような感覚だ。
「嫌、嫌だ」
ぎゅうっと離れないように力強く強く志筑の腕を掴む。分厚いコートで隠されていたが、志筑の腕はほとんど骨と変わらないくらい細い。彼の生活環境を物語っているようで心臓が締め付けられる、そんな気がした。
蘭の変わりように動揺する志筑は屈んで顔を覗き込む。中華料理屋を真っ直ぐと見つめて怯える蘭の肩に手を置くが、彼女の震えは止まらない。
「おい、蘭。しっかりしろ」
「嫌、なの。嫌だ、嫌だ……っ」
嗚呼、思い出してしまった。今までずっと思い出さないようにしてきたというのに。
あの苦い日々の事を。
地下鉄のホームから地上に出た時、何故だか懐かしい気がしたのだ。初めて来たはずなのに知っているような感覚。志筑と来たのが初めてではないと確信したのは、この中華料理店を見てからだ。
幼い頃にこの街には一度だけ来たことがあった。父と母と三人で地下鉄に乗って、今と同じように電車の中を落ち着きなく見渡して、志筑と同じように窘められた。
何故、忘れていたのだろう。あの頃はまだ両親が自分のことを見てくれていて、毎日を楽しいと感じられていたのに。
昔のことすぎて、もう忘れてしまったのかもしれない。
『お父さん、お母さんお腹空いたぁ』
幼き頃の蘭が不服そうに声を上げれば、父と母は幸せそうに表情を緩めた。
右手を母と、左手を父と繋いで三人横並びで繁華街を練り歩く。それがとにかく楽しくて、嬉しくて、幸せで。
『それじゃあ、あそこのお店に入ろうか』
父が蘭の左手を握る右手とは反対の左手でとある店を指さす。反対に立つ母が頷いて賛同し、蘭の手を引いて店の中に入った。
その時に三人で食事をしたのが、今、目の前にあるこの廃れた中華料理店だった。今では古びて見窄らしくなってしまったが、当時両親と訪れた時は繁盛していた気がする。お客さんで店内は埋め尽くされ、席に着くのに少しばかり待たされたはずだ。
十年以上前は父と母の仲も良く、夫婦円満、良好な家族関係で幸せだった。
一体いつから、この幸せな関係が崩れてしまったのだろう。
志筑はカタカタと震えている蘭の頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃに髪を乱した前とは違い、割れ物を扱うように優しく撫でた。
蘭のこの恐怖を、苦痛を和らげる方法を志筑は知らない。不器用で無愛想な彼にはそんなことできるはずもなかった。