荒廃した世界で、君と非道を歩む

「蘭」

 躊躇いながらも彼女の名前を呼ぶ。出会って間もないというのに一体何何処の名前を口にしただろう。
 名前を呼べば、身体の震えが止まり、そっと顔を上げた彼女は何処か安心したように微笑んだ。

「蘭、もう他の所に行こう」

 志筑がそう提案すれば、蘭はちらりと中華料理店を見た。じっと見つめる目は真剣で何かを考えているようである。
 そしてまた志筑の顔を真っ直ぐと見た。

「変わらなきゃだよね」

 その一言が一体どのような意味を持つのか、初めは理解できなかった。しかし、蘭の表情と纏う雰囲気から徐々にその意味が形作られていく。
 ふうわりと微笑んだ蘭の顔に迷いはなかった。

「食べるの終わったら早く出ようね」

 そっと志筑の腕を引き扉に手を掛ける。落ちついたかと思われだが、その手はやっぱりまだ震えていて、代わりに志筑がその扉を開けた。

「ありがとう」

 蘭が志筑の顔を見上げてそう言えば、少し開いた扉から店内を見ていた志筑が視線を下げる。一瞬目が合うが、志筑が何かを言い返すことはなかった。
 それでもこの心地良さは消えない。理想の人といられる自分は幸せ者だ、今はそう思うことができた蘭である。
 志筑の腕にしがみついたまま店内に入ると、中は客が誰もおらず全ての席が空席だった。
 入口に一番近い席に向かい合って座り、ほっと一息吐く。息を吐き出せば身体から力が抜けるが、感じる不快感は拭えないままだった。
 厨房でぼんやりと天井を仰いでいる店主に志筑が声を掛ければ、初老の店主は重い腰を上げて注文を取りに来た。
 色褪せたメニューを読み漁って、二人が頼んだのは小盛りの炒飯一人前と、三つの唐揚げだった。腹が減っているとは言え、互いにそこまで食べる方ではない。普段からまともに食事をしていないのはお互い様で、共に胃が小さいのだ。
 注文を受けた店主は曲がった腰を少し伸ばして厨房に立つ。静寂が流れる店内に中華鍋を動かす金属音が鳴り響いた。
 数十分待ってから店主が出来上がった料理を持って戻ってきた。できた料理はどちらも蘭の前に置かれる。志筑が店主にそう置くように手で促したからだ。
 去り際、店主は怪しげに蘭と志筑を見た。無理もないだろう。親子と言うには年が近すぎるし、兄妹と言うには顔が似ていない。
 居た堪れなさを感じながらも、店主が去ったのを見計らい蘭は小声で志筑に問う。

「食べないの?」
「ガリガリのお前が食っとかねぇといけねぇだろ。これから遠くに行くんだからな」

 ガリガリなのは志筑も同じだろう、そう言おうとしたが辞めた。これは言う必要のないことだと思ったからだ。
 志筑の表情がこれまでにないほどに穏やかで優しかったから、言葉が喉の奥で詰まってしまった。
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