荒廃した世界で、君と非道を歩む
 街に出てしばらく放浪としていると、ふと大通りに面したテラス席があるカフェが目に入った。目に痛い照明、何のために設置しているのか分からない観葉植物、そして楽しげに笑っている女子高校生達。
 今は学生にとって放課後に当たる時間帯。辺りを見渡せば、女子高校生だけではなく黄色い帽子を被った小学生も下校途中らしかった。
 恵まれている。皆が当たり前に学校に通って、当たり前のように帰る場所がある。
 どうでもいいはずなのに、他人のことなんか考える必要などないはずなのに、どうしてこんなにも妬ましく感じるのだろう。
 自分は学校に通ったことがない。小学校も中学校も、一度も通ったことがなかった。
 親が義務教育を受けさせてくれなかったのだ。いわゆる、育児放棄というやつである。
 歳を重ねるごとに、自分のことは自然と自分でできるようになる。全てお前の勝手にしろと放置され、親からの愛情とやらを一度も感じたことがなかった。ほとんど家にはいないというのに律儀に帰ってくる親、家にいても顔すら合わせず会話もない。
 正直、その方が気楽で良かった。両親の名前も、年齢も、声も、顔も、一々覚えていない。家族だなんて思っていないし、向こうもきっと同じ考えだ。
 学校に通いたいとも、両親に愛されたいとも思わない。今では独りで生きることが当たり前で、何も望んではいなかった。
 人並みの幸せを感じたいと思うことすら、もうできない。
 冷える季節と曇り空のせいで身体が徐々に冷えていく。上着のポケットに手を突っ込み、中でぎゅっと握った。
 いつからか、生活習慣が昼夜逆転していた。起きるのはいつも昼過ぎで、今日、目覚めたのは夕方だった。
 不健康な生活を送っている自覚はある。身体に悪いことも、脳に悪影響なのも知っている。だが、それを止めてくれる人が誰もいないのだ。
 誰も止めてはくれない、だから自由に適当に勝手に生きる。
 これでいい、これでいいんだ。自分で決めたことなのだからそれでいい。
 時間帯はちょうど帰宅ラッシュの時間。早足で横を通り過ぎていくサラリーマン、複数人で大きな笑い声を上げる女子高校生。
 色んな人が帰るべき場所に帰る。帰る場所なんて、当たり前にあるものじゃないのに。

『本日未明、男性の変死体が発見されました』

 機械のような抑揚のない冷たいアナウンサーの声が耳に入り、ふと足を止める。
 見上げれば、商業ビルの大型ディスプレイでニュースが報道されていた。その内容はなんとも物騒なものである。
 近頃、街を脅かす殺人事件が立て続けに起こっていた。犯人は捕まっておらず、誰も犯人を見たことがないことから指名手配にすらなっていないという。
 正直、どうでもいいと思った。被害に遭った人間に対しても、このニュースを見て怯える人に対しても、勝手にしろと思う。
 仮に自分が狙われたとして、自分はきっとその殺人鬼を恨んだりはしないだろう。
 もしかしたら、今の自分なら殺人鬼に対して感謝してしまうかもしれない。

 こんなつまらない世界から消してくれてありがとう、って。

「ばっかみたい。こんなのテレビで放送したら、犯人はすぐ逃げるっての」

 ディスプレイから目を逸らし、顔を伏せる。ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、混沌とした街の中を再び歩き出した。
 瞬く間に小雨は大粒の雨へと変わる。傘など持っているはずがなく、雨宿りもせず土砂降りの中をフードを深く被って歩き続けた。
 道路を走る車の水飛沫が掛かろうが、前から走ってきた女性にぶつかろうが、その足を止めることは無い。
 ただ、何処にあるのかも分からない場所を探して、ひたすらに歩き続けるのだ。
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