荒廃した世界で、君と非道を歩む

────死に場所が欲しい────

 誰にも知られず、誰にも邪魔されず、たった独りで死ねる場所。死ねるなら、この世界から消えられるなら何処だっていい。
 手段も場所も何も問わないが、できるなら誰かに殺して欲しかった。
 誰かに殺してもらえたら、少しくらい人の温かみを感じられると思ったから。

「紳士的で高身長でイケメン。一思いにやってくれる人がいいな」

 雨は未だ降り続いている。身体中の体温が奪われ、一歩を踏み出す毎に足先が震えた。
 けれど、歩みを止めるなんてことはしない。何処でもいいから遠くへ、自分の知らない世界を追い求めるのだ。
 大通りを進んでいると、視界の端に小さく薄暗い空間が入った。一度立ち止まり、その空間へ目を向ける。
 そこは人気のない路地裏だった。大通りから外れてその路地裏に入ると、歩みを迷いもなく奥へと進める。

 ドス。
 グシャ。

 曲がり角に差し掛かろうとした時、何かを押し潰すような鈍い音が微かに耳に届いた。その音が何処から発されているのか、何が起きているのかは今の状態では判断できない。
 一度その場に立ち止まり、辺りに神経を張り巡らせるように目を閉じて集中する。
 しかし、再びその音が聞こえることはなかった。何もなかったと思わせるくらい、辺りはしんと静まり返っている。

(聞き間違い……だったのかな?)

 壁に背を向けて、覗き込むように曲がり角の先を見る。点滅する蛍光灯が辺りを淡く照らしていた。
 継続的に点滅する視線の先、そこには何かが蹲っている。何をしているのか、何がいるのかは判断できない。電灯が微かにそれを照らすが、明かりよりも闇が強く先がほとんど見えないのだ。

(何、喧嘩?)

 酔っぱらい同士の喧嘩だろうか。闇に慣れてきた目でそれを見ると、何やら一人が仰向けに寝ている人間に馬乗りになっていた。
 微かに呻き声も聞こえる。不気味だ。何が起きているのか分からない以上、このままここに留まるのは危険だと本能が叫んでいる。
 けれど、視線はそれに釘付けになって逸らせない。少しずつ、それの輪郭が濃くはっきりと形作り始めた。
 目を細めてその正体を見つめる。そこにいたのは、成人男性ほどの人影だった。
 バチバチと点滅する蛍光灯の明かりが、人影を鈍く照らす。全身が黒尽くめのその人影は、何かに馬乗りになりぶつぶつと呟いていた。
 怖いはずなのに、逃げないといけないはずなのに、身体は言うことを聞かず動かない。凍りついたように突っ立っている間にも、その人影は動き始める。
 人影は足元に転がる何かを掴み上げると、勢いよく腕を振り上げた。

 ドス。ドス。ドス。

 何度も、何度も、何度も人影は腕を振り下ろす。不愉快な鈍い音が辺りに響き、その音に呼応するように心臓が強く脈打つ。
 この音は、肉塊に刃物が突き刺さる音だ。人影が握っているのは、血に塗れたナイフ。
 
「ひっ……」
 
 引き攣った声が喉から溢れた。咄嗟に口元を手で覆い、隠れるように壁に背を押し付ける。
 ドクドクと激しく脈打つ心臓が痛みを発しているようで、思わず胸元を服の上から抑え付けた。未だ鈍い耳障りな音は鳴り響いている。
 意を決してもう一度覗き込むと、人影は何度も腕を振り上げ、蹲る人間にナイフを突き立てた。
< 3 / 105 >

この作品をシェア

pagetop