荒廃した世界で、君と非道を歩む
「私、志筑に殺して欲しい」
きっと志筑のこの優しさに、呆れるほどの真面目さに甘えているのだろう。生まれてから誰かに抱き締めてもらった記憶がなく、名前を呼んでもらったことがない。だからだろうか、志筑が見せる自分への意識の一つ一つが嬉しくてたまらないのだ。
志筑の胸元に顔を埋めたままそう言えば、一瞬志筑の腕が動いた。背中に回していた手が一瞬離れて、そしてもう一度優しく骨が浮き出た背中を包み込む。
逃げるわけがないと分かっていながらも、志筑の背中に回して繋いだ手に力が篭もった。
「……死に場所が欲しいんじゃなかったのか」
「そう、なんだけどね。こうしていると、思わずにはいられなくて」
ただ、何処でも死に場所が欲しい。死ねるなら、この世界から消えられるのなら別に何処だっていいんだ。全く知らない世界だろうと、世界中の人々から見下されても良い。
自分が救われる死に場所は自分にしか見つけられない。そのために、今こうして逃避行をしているんだから。
でも、少しだけ我儘を言いたいんだ。
理想の死に場所を見つけた時、その場所で志筑に殺されたい。理想でずっと追い求めていた運命の人である志筑の手で殺してもらえたら、自分はこの上なく幸せ者になれる気がしたから。
「駄目、かな?」
抱き着いて不安に思いながらの志筑を見上げると、思ったより顔が近くにあって少し驚いた。志筑の切れ長の目が、薄い唇が、傷が一番近くで見える。
始めて出会った時はコートのフードを深く被っていたし、今でもこうして真正面から彼の顔を見たことは少ない。大して時間を共にしたわけではないが、それでも彼の顔を見る時はいつも横顔ばかりだった。
けれど今は互いに見つめ合っている。志筑の瞳には蘭が、蘭の瞳には志筑だけが映っている。互いの世界には互いしかいない、それが背徳感を再び呼び起こした。
(これは全部、私の特権だ)
こうして志筑に抱きつかれるのも、至近距離で傷だらけの顔が見られるのも蘭の特権。志筑という人間と出会ったのも、共に同じ屋根の下で寝たのも、逃避行をしているのも全て蘭の特権だ。
目に焼き付けるように見つめる蘭の視線の先にいる志筑は、静かに目を閉じて小さく溜息を吐いた。
「いいよ」
「本当に?」
「嘘なんか吐く必要もねぇだろ。それに今までに何人も殺したんだ、今更誰を殺そうが罪人なのに代わりはねぇ。けどな、一つだけ約束してくれ」
目を開けた志筑は浮かべていた微笑みを崩し、やけに真剣な眼差しを蘭へと向ける。その視線が不安げでなにかに怯えているように見えたから、蘭は一層強く志筑の細い身体に自身の薄っぺらい身体を押し当てた。
「なあに」
「後悔だけはさせないでくれ」
潮風に乗って、その言葉が流れて行った。