荒廃した世界で、君と非道を歩む
ナイフが肉塊に深く突き刺さる。人影は突き刺したナイフを刺したまま、手前へ引き擦った。
肉が裂け、臓物が飛び出し、血が溢れ出る。もはや人の形を保っていない肉塊に跨っていた人影は、ゆっくりとナイフを引き抜き腕を降ろした。
ここにいてはいけない。そう命が危険を叫び出し、自由を取り戻した身体に鞭を打って人影に気づかれないように後退る。
バキッ。
何故、こういう時に限ってこんなにも不運なのか。後退る途中で背後にある小枝を思いっきり踏んづけてしまったらしい。
この空間に軽い音が反響する。全身から血の気が引き、力が抜けた足では身体を支えられずその場に座り込む。
軽快な音は、当然視線の先にいる怪しい人影にも届いた。
「誰だ」
低い男の声が辺りの空気を震わせる。一瞬の内に人影が纏っていた雰囲気が変わり、ビリリと張り詰めた空気が肌を焼く。
終わった。完全にこちらの詰みだ。この人影は今まさに人を殺した。そして自分は、そんな人殺しに存在を知られてしまった。
嗚呼、ここで殺されるんだな。あの人影が自分に馬乗りになって、血に塗れたナイフを突き立ててくるのだろう。
でも、死ぬには結構いい場所じゃないか。人通りの多い所より暗くて湿気ってはいるが、静かでひんやりとしていて心地良い。
ここが自分の死ぬ場所だ。
逃げるだけ無駄、本能がそう解釈したようで命の危険信号が途切れる。
「あ…………は……」
掠れた声が喉から零れる。恐怖と焦りと絶望から呼吸すら上手くできない。
自分の本能が目の前の人物は危険で、恐ろしい存在だと認識する。そのことに気づいてしまったせいで、身体が完全に恐怖に支配された。
振り返った男は血に塗れたナイフを握り、切っ先をこちらに向けて言葉を発する。
「見たのか」
「み……み、てな……」
「今すぐここから消えろ。全部忘れて何も無かったことにしろ。誰にも言うな」
低く掠れた声は、脅すことに慣れていないのか微かに震えていた。闇に慣れた目はその人物の姿をはっきりと捉える。
震える切っ先から滴り落ちる血が人影の足元に落ち、次第に小さな血溜まりを作っていく。
「……い、嫌………」
人影が立ち上がった。完全にこちらの姿形を捕らえた人影は、ゆっくりと近づいてくる。
決してナイフを捨てることはなく、柄を力強く握ったままその男は目の前で膝を折った。
「お前、こんな所で何してんだ?」
「……めて」
「あ?」
喉から溢れた言葉が溶けて消える。自分でも何と言ったのか聞き取ることができなかった。
それは目の前の男も同じようで、不愉快そうに歪められた目元がフードの隙間から覗いている。
切れ長で鋭いその目は、まるで三日月のように琥珀色に輝いていた。
「い、やだ……こんな、所で……死にたくない………」
あろうことか、口をついて出たのはそんな言葉だった。身体が震えて、言葉が詰まって、上手く自分の感情を言い表すことができない。
それでもたった一つだけ分かったことがある。
「あは、あはは。なんだ、怖いんじゃん。私、死ぬの怖いんだ」
「は?」
その事に気がついた瞬間、笑いが溢れた。最後に笑ったのがいつかは分からない。ただ、久々に自分の笑い声を聞いて不快感を覚えた。
肉が裂け、臓物が飛び出し、血が溢れ出る。もはや人の形を保っていない肉塊に跨っていた人影は、ゆっくりとナイフを引き抜き腕を降ろした。
ここにいてはいけない。そう命が危険を叫び出し、自由を取り戻した身体に鞭を打って人影に気づかれないように後退る。
バキッ。
何故、こういう時に限ってこんなにも不運なのか。後退る途中で背後にある小枝を思いっきり踏んづけてしまったらしい。
この空間に軽い音が反響する。全身から血の気が引き、力が抜けた足では身体を支えられずその場に座り込む。
軽快な音は、当然視線の先にいる怪しい人影にも届いた。
「誰だ」
低い男の声が辺りの空気を震わせる。一瞬の内に人影が纏っていた雰囲気が変わり、ビリリと張り詰めた空気が肌を焼く。
終わった。完全にこちらの詰みだ。この人影は今まさに人を殺した。そして自分は、そんな人殺しに存在を知られてしまった。
嗚呼、ここで殺されるんだな。あの人影が自分に馬乗りになって、血に塗れたナイフを突き立ててくるのだろう。
でも、死ぬには結構いい場所じゃないか。人通りの多い所より暗くて湿気ってはいるが、静かでひんやりとしていて心地良い。
ここが自分の死ぬ場所だ。
逃げるだけ無駄、本能がそう解釈したようで命の危険信号が途切れる。
「あ…………は……」
掠れた声が喉から零れる。恐怖と焦りと絶望から呼吸すら上手くできない。
自分の本能が目の前の人物は危険で、恐ろしい存在だと認識する。そのことに気づいてしまったせいで、身体が完全に恐怖に支配された。
振り返った男は血に塗れたナイフを握り、切っ先をこちらに向けて言葉を発する。
「見たのか」
「み……み、てな……」
「今すぐここから消えろ。全部忘れて何も無かったことにしろ。誰にも言うな」
低く掠れた声は、脅すことに慣れていないのか微かに震えていた。闇に慣れた目はその人物の姿をはっきりと捉える。
震える切っ先から滴り落ちる血が人影の足元に落ち、次第に小さな血溜まりを作っていく。
「……い、嫌………」
人影が立ち上がった。完全にこちらの姿形を捕らえた人影は、ゆっくりと近づいてくる。
決してナイフを捨てることはなく、柄を力強く握ったままその男は目の前で膝を折った。
「お前、こんな所で何してんだ?」
「……めて」
「あ?」
喉から溢れた言葉が溶けて消える。自分でも何と言ったのか聞き取ることができなかった。
それは目の前の男も同じようで、不愉快そうに歪められた目元がフードの隙間から覗いている。
切れ長で鋭いその目は、まるで三日月のように琥珀色に輝いていた。
「い、やだ……こんな、所で……死にたくない………」
あろうことか、口をついて出たのはそんな言葉だった。身体が震えて、言葉が詰まって、上手く自分の感情を言い表すことができない。
それでもたった一つだけ分かったことがある。
「あは、あはは。なんだ、怖いんじゃん。私、死ぬの怖いんだ」
「は?」
その事に気がついた瞬間、笑いが溢れた。最後に笑ったのがいつかは分からない。ただ、久々に自分の笑い声を聞いて不快感を覚えた。