荒廃した世界で、君と非道を歩む
 窓の外をぼんやりと眺めながら、車に揺られる時間が続く。車が赤信号で停まった時、運転席に座っている男が口を開いた。

「そういや、まだ名乗ってへんかったな。俺、外園新汰(そとぞのあらた)言います。一応、フリーターやね」

 名前以外にも聞いていない自身の職業まで男は語る。フリーターと言うと、会社に努めているわけではなく決まった仕事持っていないということだろうか。そういう世間一般常識に疎い蘭にはその言葉の意味を理解することができない。
 頭の中でグルグルと考えを巡らせていると、随分と長い信号を待つ男はルームミラーで蘭と志筑を見ながら問う。

「あんたら、こんな時間に何しとったん? 見るからにここいらの人やないみたいやけど」
「海に来てた」
「はぁ、こんな時期に海にねぇ。あんたら兄妹ってわけではなさそうやし、親子っていっても年齢離れてるみたいやしなぁ。どういう関係?」

 新汰の指摘は正しいだろう。さほど歳は離れていないが、兄妹と言うには顔つきが全く似ていない。初対面でも血の繋がった家族ではないと分かるはずだ。
 それに、手ぶらでこんな夜遅くに出歩いていれば、新汰が不審に思ってしまうのも無理はない。
 だからといって、殺人鬼と一緒に逃避行をしているなんて言えるはずがなかった。

「親戚」

 志筑が窓の外を眺めながらぽつりと零す。蘭は耳を疑って、思わず志筑の横顔を睨みつけた。こんなに分かりやすい嘘を志筑が言うなんて信じられなかったのだ。
 恐る恐る運転席を見ると、ルームミラーに映る新汰の表情が引き攣った。嘘だと気づいたのだろう。しかし新汰はそれ以上追求せず、話題を変えた。

「そかそか。で、海、どうやった? 海水浴の時期にはまだ早いけど、人が少なーて結構良かったんちゃう」
「ああ、人が少ねぇのはいいもんだ」
「はは! いいねぇ、孤高の狼って感じやなぁ。ああ、そういやあんたら名前は?」

 新汰の問に、志筑は窓の外の景色から目を離す。ルームミラー越しに新汰と目を合わせると、また視線を窓の外に視線を投げる。
 窓に映る志筑の表情に色はない。彼の横顔を見ながら、蘭は静かな車内に漂う芳香剤に意識を向けた。

「青天目志筑」
「職業は?」
「俺もフリーター」
「ほーん、そっちの嬢ちゃんは?」

 新汰は完全には振り返らず、横目で蘭を見た。視線に気がついた蘭は窓から視線を外し、真っ直ぐと新汰を見る。
 運転席に座っている新汰の死角で、志筑と蘭は固く手を繋ぎ合っていた。

「郁乃蘭」
「蘭ちゃんなぁ、よろしゅう。そうや、蘭ちゃんって音楽とか聞く? 好きな曲何?」
「あんまり音楽は聞かない、かな」
「へー、今時の子っぽいのに意外やなあ。ほな俺のおすすめ流すわー」

 返事をする間もなく捲し立てると、カーテレビを弄り出てきたDVDプレーヤーにCDをセットする。数秒経ってからカーテレビからは女性の歌声が聞こえてきた。
 先程流れていた陽気な洋楽とは違い、陰気な昔ながらの昭和歌謡だ。どちらが新汰の趣味なのか到底判断できない。
 なんだか拍子抜けした。チャラ男に見えた新汰が昭和歌謡を聞くなんて意外だったのだ。
 いかにも流行りの曲しか聞きませんという見た目をしているのに、その内はかなり渋めらしい。人を見かけで判断するなとはこういうことなんだろうか。

「あんまり好みじゃない?」
「ううん、結構好きかも」
「あはは、良かったわあ。この曲影山詩子(かげやまうたこ)いう歌手の『前途洋々』って曲でな、いい未来って意味があるらしいんよ。ほら、ちょうどここんとこ、『貴方と歩む明日には光がある』って歌詞、大切な人と一緒に生きたかったけどそれが叶わなかった主人公の心の中を表してるんやろなあ」
「随分と深いところまで考えているんだな」
「せやろお? 元々作家になりたかったからさ、こういう曲聞くと自然と深く考えてまうんよ。今は挫折したけど」

 この新汰という男、チャラチャラした見た目とは違い感受性が豊かで物知りらしい。
 ワンフレーズを小さな歌声で歌って見せるあたり、相当聴き込んでいる曲なのだろう。見れば、カーテレビの下にある収納スペースに『前途洋々』と書かれたCDのパッケージが投げ込まれていた。
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