荒廃した世界で、君と非道を歩む
 信号が青に変わり、新汰は車を発進させる。窓の外には夜空と海だけが広がっていた。
 窓の外を眺めていると視界の端で何かが揺れ動く。窓から目を離して見れば、ルームミラーに何かが引っ掛かっていた。

(学生書……?)

 蘭には到底縁のない学生書と見られるカードがルームミラーから垂れ下がっていた。クルクルと回る学生書には、新汰の顔写真が貼られている。
 学生書に書かれている学校名は、全国でも一、二を争う上位大学のものだった。ルームミラー越しに蘭が学生書を見ているのに気がついた新汰は、自慢げに学生書に触れた。

「俺の親が二人とも刑事でなあ。俺も刑事になるように勉強させられたんよ」
「フリーターってのは嘘か」

 志筑の指摘に、小さく新汰は頭を横に振る。それは否定の意味を表していた。
 新汰は真っ直ぐとフロントガラスの向こうを見ながら苦笑を零す。困ったような悲しんでいるような、そんな顔だ。

「いんや、フリーターは本当。フリータってなだけでは食って行けんからなあ」
「大学は現役か?」
「あれぇ、そんな若く見えるか? これは十年は前のや。今はとっくに卒業してる」

 沿岸を進んでいた車は少しづつ海から離れていく。車は人が住んでいるのだろう街に入り、ぽつぽつと集落や人気が増えてきた。
 また一つ時間が過ぎる。
 海で遊び疲れたからか、蘭を睡魔が襲った。座席に深く身を預けた蘭は、こっくりこっくりと眠りに落ちていく。
 それを見ていた志筑と新汰は、しばらくの間会話を止めた。寝落ちした蘭を確認してから、新汰が口を開く。

「近頃物騒よな」

 街灯がある大通りに出ると、あっという間に車の往来が増えた。
 あちらこちらに店やら家やらが建っていて、田舎町から抜けた先は人の生活感が溢れる街が広がっている。
 志筑と蘭が繁華街を出て乗ったバスとは反対方向に進んでいるため、この街は海を挟んだ別の街だ。また新たな街に二人はやって来たのだった。

「殺人鬼がおるって。指名手配も既にされとるみたいやし、あんたも気いつけなあかんよ」
「ご忠告どーも」
「一匹狼、あんたにぴったりやな」

 交差点に差し掛かったところで信号が赤に変わる。止まった車内から、志筑は窓の外に目をやる。視線の先には寂れた町交番があり、指名手配犯の情報が軒先に張り出されている。その張り紙を見て志筑は目を丸くした。

『連続猟奇殺人鬼。正体不明。どんな事でもご連絡ください』

 こんな遠い街にまで広まっていたのか。ニュースでも取り上げられている場面を時折目にしていたが、まさかここまで広まっていたとは予想外だった。
 このままではいつか捕まってしまう。蘭と始めた逃避行が早くも終わろうとしていた。

「それで、あんたら行く宛てあんの?」
「あ? いきなりなんだ」
「いや、単なる疑問。こんななんも無い町に手ぶらでおるんやからさ、海水浴に来たんやったらもっと大荷物やろ。旅でもしてるんか、迷ってるんか。はたまたその両方か」
「お前に教える義務はねえ」
「はっはは、気難しいやっちゃなあ。でも行く宛てがないんのは当たりやろ?」

 得意げに笑う新汰のペースにすっかり呑まれた志筑は、何も言わず窓の外を眺めた。
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