荒廃した世界で、君と非道を歩む
 食事を並べ終えると同時に、二人が部屋に入ってくる。一足先に部屋へと足を踏み入れた蘭は、眠気眼を大きく見開き、机の上に並ぶ食事に目を輝かせた。
 部屋の入口で立ち止まった志筑は、はしゃぐ蘭を静かに見つめている。何もやましい思いを見せることなく、蘭を見る志筑の目には優しさが滲んでいる。先程、新汰へと向けられた殺意に染まった視線など欠片も見受けられなかった。
 新汰は恐る恐る志筑へと視線を向ける。蘭を見ていた志筑は新汰の視線に気が付き、すっと蘭から視線を外した。
 彼はこれまでと変わらず、不思議そうに見つめる死んだ魚のような目を向けるだけだ。二人の部屋で見たあの札に染まった目は、見間違いだったのだろうか。

「すっごい! これ私達が食べていいの?」
「せやで、二人のために用意したんやから。冷めへんうちに食べや」

 食事が並んだ机に張り付いていた蘭は、新汰の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべる。我先に席に着いた蘭は目の前に並ぶ料理に改て視線を落とした。

「ほら、志筑も。これはあんたの分やで」

 新汰がにっこりと笑いながら言うと、入口に突っ立っていた志筑は部屋の中に入り、蘭の隣に腰を下ろした。
 志筑が席に着いたことを確認した蘭は、早速箸を手に取って焼き魚に箸を入れる。しかし、魚の食べ方など知っているはずもなく、見兼ねた新汰が横から食べ方を指摘した。
 不細工だが、上手く骨から外された柔らかい白身は蛍光灯の光できらりと光る。焼きたての魚からは白い湯気が上り、目を輝かせる蘭はふうと息を吹きかけ口に入れた。

「うんまあ」

 頬を紅に染め喜ぶ蘭を見て、新汰は肩の荷が降りたのを感じる。二人を車に乗せ、この旅館につれてきてから今までずっと新汰は恐怖と緊張に縛られていたのだ。
 けれど、蘭の無邪気な笑顔がそんな緊張を取り除いてくれる。食事に対して喜びを感じ、温かな雰囲気に包まれる二人が危険人物には見えなかった。
 新汰が二人の向かいに座りぼんやりと考えていると、料理を頬張っている蘭を眺めていた志筑も同様に料理に箸を伸ばした。
 彼もまた魚の食べ方を知らないらしい。蘭にしたように新汰が魚の骨から身を取ってやると、死んだ魚の目にかすかな光が宿った。
 志筑は箸に乗った成人男性には思えないほど小さい一口分の白身を口に入れる。もそもそと少しずつ箸を進める姿に微かに笑いが零れた。 新汰の小さな笑い声を聞きつけた蘭が茶碗を片手に志筑の顔を覗き見る。新汰と二人、ゆっくりと料理を食べ進める志筑を見るが、幸い志筑には新汰の笑い声が聞こえていなかったらしい。二人からの視線に気づきくこと無く、志筑は茶碗から数粒の米を箸で掬った。
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