荒廃した世界で、君と非道を歩む
固く結んだ手
夕飯を食べ終え、新汰に感謝の言葉を伝えられぬまま布団が敷かれた部屋へと戻る。
先程まで蘭が横になっていた布団は丁寧に整えられ、志筑の分であろう布団がもう一組隣りに並んでいた。
布団の上には畳まれた浴衣が置かれている。その光景を見て、海で全身ずぶ濡れになってから今まで一度も着替えていない事に気がついた。服はすっかり乾いているが、冷えた身体が失ったぬくもりは夕飯だけでは取り戻せない。
「寒い……」
ちゃぶ台に顎を着いてくつろぐ蘭が小さく呟くと、ここに来るまでに着ていたコートをハンガーにかけていた志筑が何かを投げた。
頭の上に何かが被さり、蘭の視線が真っ白に染まる。
手でそれを持ち上げると、志筑が投げてきたのはふかふかのバスタオルだった。初めて出会って彼の家に行った時に投げられた薄いバスタオルとは違う。さすがは旅館のバスタオル、首に巻くだけで少しばかり身体が温まる気がした。
「志筑もこうしたら? 少しは温かいよ」
「いい。別に寒くない」
「そ」
夕飯を食べた後だからか、あれだけ爆睡したはずなのにまた眠気が襲ってきた。頬に当たるバスタオルの感触が心地良く、少しずつまどろんでいく。
「お二方いらっしゃいますやろか。お風呂の準備ができました」
「今行きます」
志筑は掛けかけていたコートをハンガーに掛け直し、壁に吊るすと部屋の扉の前に立つ。細く薄い彼の黒い背中を見つめながら、蘭は襲い来る眠気と戦った。
扉を開けると、外には女将が立っている。腰の低い女将は志筑を見上げると、淡々と機械のように言った。
「お先にお嬢さんの方から、お風呂へとご案内します。後ほど新汰を向かわせますので、それまでお待ちください」
「……分かりました。おい、蘭。寝る前に風呂に行け」
「はあーい……」
眠気で鉛のように重くなった身体を起こし、バスタオルと浴衣を持って部屋を出る。蘭が部屋を出たことを確認した女将が先導し、薄暗い廊下を進んだ。
部屋の入口から志筑が見ていたが、蘭は一度も振り返ること無く廊下を進む。この女将は蘭を風呂に連れて行こうとしているだけなのだ。何も恐れることはない、やましい思いもなにもないはずだ。
志筑と離れるのは気が引けたとは言え、我が儘にしかならないことを重々理解している。胸の前で浴衣とバスタオルを抱き締め、長身の初老の女性の背中を追いかけた。
先程まで蘭が横になっていた布団は丁寧に整えられ、志筑の分であろう布団がもう一組隣りに並んでいた。
布団の上には畳まれた浴衣が置かれている。その光景を見て、海で全身ずぶ濡れになってから今まで一度も着替えていない事に気がついた。服はすっかり乾いているが、冷えた身体が失ったぬくもりは夕飯だけでは取り戻せない。
「寒い……」
ちゃぶ台に顎を着いてくつろぐ蘭が小さく呟くと、ここに来るまでに着ていたコートをハンガーにかけていた志筑が何かを投げた。
頭の上に何かが被さり、蘭の視線が真っ白に染まる。
手でそれを持ち上げると、志筑が投げてきたのはふかふかのバスタオルだった。初めて出会って彼の家に行った時に投げられた薄いバスタオルとは違う。さすがは旅館のバスタオル、首に巻くだけで少しばかり身体が温まる気がした。
「志筑もこうしたら? 少しは温かいよ」
「いい。別に寒くない」
「そ」
夕飯を食べた後だからか、あれだけ爆睡したはずなのにまた眠気が襲ってきた。頬に当たるバスタオルの感触が心地良く、少しずつまどろんでいく。
「お二方いらっしゃいますやろか。お風呂の準備ができました」
「今行きます」
志筑は掛けかけていたコートをハンガーに掛け直し、壁に吊るすと部屋の扉の前に立つ。細く薄い彼の黒い背中を見つめながら、蘭は襲い来る眠気と戦った。
扉を開けると、外には女将が立っている。腰の低い女将は志筑を見上げると、淡々と機械のように言った。
「お先にお嬢さんの方から、お風呂へとご案内します。後ほど新汰を向かわせますので、それまでお待ちください」
「……分かりました。おい、蘭。寝る前に風呂に行け」
「はあーい……」
眠気で鉛のように重くなった身体を起こし、バスタオルと浴衣を持って部屋を出る。蘭が部屋を出たことを確認した女将が先導し、薄暗い廊下を進んだ。
部屋の入口から志筑が見ていたが、蘭は一度も振り返ること無く廊下を進む。この女将は蘭を風呂に連れて行こうとしているだけなのだ。何も恐れることはない、やましい思いもなにもないはずだ。
志筑と離れるのは気が引けたとは言え、我が儘にしかならないことを重々理解している。胸の前で浴衣とバスタオルを抱き締め、長身の初老の女性の背中を追いかけた。