荒廃した世界で、君と非道を歩む
独りだけの部屋の中に壁掛け時計の秒針が進む音が鳴り響く。蘭が風呂へ行ってからどれだけの時間が経っただろうか。
女将が後から新汰を向かわせると言っていたが、未だ彼が来る気配はない。
暇な時間を何をするでもなく、窓辺に座って外の景色を眺める。
「長いな……」
窓の外には夜空と同化した地平線が見える。その地平線を見る自分の顔に不安が滲んでいると気がついた瞬間、不快感を感じて窓から目を逸らした。
再び部屋の中には静寂が流れ出し、秒針の音が進むたびに身体の芯が冷えていった。
「いやー、遅くなってもうてすまん!」
扉を勢いよく開けると同時に、突然部屋に入ってきた新汰は開口一番そう言った。顔の前で両手を合わせる彼は、笑っていながらも申し訳なさがありありと溢れている。
志筑に許可を取ること無く部屋に入ってきたのは、警戒心がないからなのか傲慢なのか。
どちらにせよ新汰の性格からして気にするようなことでもないのだろう。新汰は窓辺に座る志筑と目が合うと、ズカズカと部屋の中へと入って行く。
「お、蘭ちゃんは風呂に行ったんか。ばあちゃんに言われて来たけど、お前風呂まだやんな?」
「後でお前が来るから、それまで待ってろって言われた」
「うわぁ、マジでごめん」
「いや、いい。それより、早く風呂行きたい」
「はいよ。ほな着いてきて。普段じゃあ、お客さんを部屋まで迎えに行って風呂に連れて行くなんてことせんからな。今日は特別や」
布団の上に置かれていた浴衣を取り、新汰からバスタオルを受け取ると彼に連れられるまま外へと出た。
廊下は随分と冷えており、薄暗さも相まってなんとも不気味である。
それでも陽気な新汰の性分のお陰で、場違いなほどに辺りは明るい雰囲気に包まれた。
「んじゃあ、俺はここらへんで待っとくから、ゆっくりしぃな」
「別に待ってなくたっていいだろ」
「もしかしたら蘭ちゃんが先に出てくるかもしれんやろ。初めての場所で迷ったら可愛そうやし、お前とおるほうがあの子嬉しそうやからな」
「……あっそ」
「ほんま冷たいやっちゃな。その冷たい心を風呂で温めてこい!」
新汰の嫌味のような冗談を背中で受け流し、『ゆ』と書かれた青い暖簾を潜った。
隣には赤色の暖簾が掛かった大浴場が別にあり、恐らく蘭はそこでゆっくりとしているのだろう。ここに来るまでずっと歩き回っていたし、まともに休めていなかったようだからこれを期に休んでくれたらいいのだが。
「滲みねぇといいけど……」
袖を捲ると無数の傷が腕を埋め尽くしている。腹や背中にも傷があり、いつも風呂に入ると傷口に滲みてならないため風呂はあまり好きではなかった。
しかし、海で全身が濡れた時、海水のため傷口に滲みるはずなのに何故痛みを感じなかったのだろうか。
「どうでもいい」
海で遊ぶことに対して、いい年した自分がはしゃいでいたなど気づきたくない。傷のことを忘れるくらい遊んでいたなど子供ではないか。
勝手にそう考え羞恥心が胸の奥から湧き上がった。この場に蘭や新汰がいないことが幸いだ。
羞恥心を拭えぬまま大浴場の中へ入り、束の間の憩いの時間を温かな湯の中で堪能した。
女将が後から新汰を向かわせると言っていたが、未だ彼が来る気配はない。
暇な時間を何をするでもなく、窓辺に座って外の景色を眺める。
「長いな……」
窓の外には夜空と同化した地平線が見える。その地平線を見る自分の顔に不安が滲んでいると気がついた瞬間、不快感を感じて窓から目を逸らした。
再び部屋の中には静寂が流れ出し、秒針の音が進むたびに身体の芯が冷えていった。
「いやー、遅くなってもうてすまん!」
扉を勢いよく開けると同時に、突然部屋に入ってきた新汰は開口一番そう言った。顔の前で両手を合わせる彼は、笑っていながらも申し訳なさがありありと溢れている。
志筑に許可を取ること無く部屋に入ってきたのは、警戒心がないからなのか傲慢なのか。
どちらにせよ新汰の性格からして気にするようなことでもないのだろう。新汰は窓辺に座る志筑と目が合うと、ズカズカと部屋の中へと入って行く。
「お、蘭ちゃんは風呂に行ったんか。ばあちゃんに言われて来たけど、お前風呂まだやんな?」
「後でお前が来るから、それまで待ってろって言われた」
「うわぁ、マジでごめん」
「いや、いい。それより、早く風呂行きたい」
「はいよ。ほな着いてきて。普段じゃあ、お客さんを部屋まで迎えに行って風呂に連れて行くなんてことせんからな。今日は特別や」
布団の上に置かれていた浴衣を取り、新汰からバスタオルを受け取ると彼に連れられるまま外へと出た。
廊下は随分と冷えており、薄暗さも相まってなんとも不気味である。
それでも陽気な新汰の性分のお陰で、場違いなほどに辺りは明るい雰囲気に包まれた。
「んじゃあ、俺はここらへんで待っとくから、ゆっくりしぃな」
「別に待ってなくたっていいだろ」
「もしかしたら蘭ちゃんが先に出てくるかもしれんやろ。初めての場所で迷ったら可愛そうやし、お前とおるほうがあの子嬉しそうやからな」
「……あっそ」
「ほんま冷たいやっちゃな。その冷たい心を風呂で温めてこい!」
新汰の嫌味のような冗談を背中で受け流し、『ゆ』と書かれた青い暖簾を潜った。
隣には赤色の暖簾が掛かった大浴場が別にあり、恐らく蘭はそこでゆっくりとしているのだろう。ここに来るまでずっと歩き回っていたし、まともに休めていなかったようだからこれを期に休んでくれたらいいのだが。
「滲みねぇといいけど……」
袖を捲ると無数の傷が腕を埋め尽くしている。腹や背中にも傷があり、いつも風呂に入ると傷口に滲みてならないため風呂はあまり好きではなかった。
しかし、海で全身が濡れた時、海水のため傷口に滲みるはずなのに何故痛みを感じなかったのだろうか。
「どうでもいい」
海で遊ぶことに対して、いい年した自分がはしゃいでいたなど気づきたくない。傷のことを忘れるくらい遊んでいたなど子供ではないか。
勝手にそう考え羞恥心が胸の奥から湧き上がった。この場に蘭や新汰がいないことが幸いだ。
羞恥心を拭えぬまま大浴場の中へ入り、束の間の憩いの時間を温かな湯の中で堪能した。