魔法使い時々王子
第二十六章 静かなる序章
静かな夜だった。

シドは王宮の書庫で、一通の手紙を静かに読み返していた。

差出人はアリス。

封を開けた時から自然と口元が緩んでいたが、ある一文を目にした瞬間、思わず声が漏れる。

「……え?」

もう一度、その行を読み返す。

そこには、街で開かれた仮面舞踏会へ参加したことが書かれていた。

「仮面舞踏会……?」

シドは思わず苦笑した。

まさかアリスが、王宮を出てそんな場所へ足を運ぶとは思ってもみなかった。

少しだけ心配になる。

けれど、読み進めるうちに、その気持ちは次第に安堵へと変わっていった。

手紙には、初めて見る街並みのこと。

公式ではない舞踏会の賑わい。

仮面をつけ、誰にも正体を知られずに過ごした束の間の時間。

そして――とても楽しかったこと。

その一つ一つが、どこか弾んだ文字で綴られていた。

「……そうか」

シドは小さく微笑む。

王太子妃という立場に縛られてきたアリスが、ほんの少しでも心から笑えたのなら。

それでいい。

シドは机に向かい、返事を書くために筆を取った。

ルイ王子が説得を続けてくれていること。

しかし、その甲斐もなく王はなお星晶の計画を進めようとしていること。

そろそろ行動に移す時期を考えなければならないこと。

けれど今は、建国記念日の式典を控え、王宮中が慌ただしい日々を送っていること。

そこまで書き進めると、シドは少しだけ筆を止めた。

そして、静かに最後の一文を書き添える。

――君の気持ちが決まったら、教えてほしい。

書き終えたシドは、その一文をじっと見つめた。

「……いや」

小さく呟き、ため息をつく。

これでは、返事を急かしているように思われるかもしれない。

あの夜、自分は「ゆっくり考えてほしい」と言ったはずなのに。

シドは筆を置き、窓の外に広がる静かな夜空を見上げた。
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