その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 鷹野信二――自分より二つ年上の三十七歳。

 真澄が第一外科に異動してくるまでは、若手のホープとして期待されていたのが鷹野医師だったらしい。

 同じ脳神経外科の外科医で年齢こそ近いが、それ以外は正反対だった。

 鷹野医師はリスク回避型だ。
 徹底的に成功率とリスクを天秤にかけ、限界が来るまで現状維持を選ぶ。

 対する真澄は――わずかでも可能性があれば最後まで攻める治療をする。
 そして、その賭けに勝ち続けてきた。どちらがいいか悪いかではなく、スタイルや理論の違いだ。

 (五年前の、あの手術の時もそうだったな)

 鷹野医師は最後まで『やるべきではない』と反対していた。

 それでも真澄は術式を確立し何度もシミュレーションを行い、教授陣を説き伏せて『やるべきだ』と主張した。

 そして成功させた日から――教授たちは『より未来がある若手』として目を付け始めた。

 そこから、鷹野医師の態度はあからさまに変化した。

 教授職を狙っているという噂も耳にしたことがある。そんな彼にしてみれば、副院長との縁談話まで持ち上がった自分のことはさぞ目障りだろう。

 真澄自身はそんなことに興味はない。
 教授になりたいわけでも、出世を狙っているわけでもない。

 ただ、救える命を確実に救うために、ここにいるだけ。

 (……くだらないな)

 医者という肩書きの奥に渦巻く誰かの出世競争。
 その駆け引きの中で、何人の患者が置き去りにされるのか。

 そんなことを考えながら、真澄は回診へと向かうべくその場をあとにした。

 これが、静かに火種を孕んだ嵐の前の予兆だとは誰も――真澄自身もまだ、気づいていなかった。


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