その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています

第九章 真実と現実の狭間

 ボストンから帰国して、数日後の夜。
 夕食を終えてキッチンで片づけをしていた澪に、背後から声がかかった。

 「明後日の昼って、少し時間取れたりするか?」
 「え?」

 振り返ると、真澄がダイニングチェアに座って、スマートフォンのスケジュール画面を見ていた。そのまま顔を上げずに、珍しく少し言いづらそうに続ける。

 「午後から副院長のところに顔を出すよう呼ばれている……夫婦で」
 「副院長のところ……って、ご挨拶ってことですか?」
 「ああ。『妻の顔を見せに来い』ってさ」

 真澄は軽く息を吐いて、スマートフォンを伏せた。

 「何度か断ったんだが押しが強くてな。連日医局にまで顔を出されたら立場上無視もできないし、他の医師や看護師も萎縮するから」
 「あ……副院長の娘さんとの縁談話…」

 元はといえば、その話からこの契約結婚は始まったんだった。
 真澄は少しだけ口元を歪めて、苦笑する。

 「顔だけ出して終わりする。でももし気乗りしないなら無理しなくていい」

 その声は優しかったけれど、どこか疲れてもいた。真澄が大学病院という世界の中で抱えているものの一端を、澪は垣間見た気がした。

 「大丈夫です。午後休を取れるように調整してみますね」
 「悪い。ありがとう」

 そのやりとりは他愛もないはずだった。
 けれどどこか、澪の胸には小さな不安が刺さっていた。

< 104 / 127 >

この作品をシェア

pagetop